プロフィール
Sgt. Saunders
Sgt. Saunders
少ない軍資金でコツコツ集めてウン十余年。
基本はWWⅡUS​陸軍歩兵科です。US​WWⅠ​モノ、朝鮮戦争モノ、ヴェトナム戦争モノ、WWⅡドイツ軍モノ、大日本帝国海・陸軍モノにもチョロチョロ手を出す癖アリ。
また軍用銃、特にWWⅠ以降のUS・ドイツのものに深い興味があります。
Have been interested in the accoutrements of U.S. infantrymen, heavy emphasis on WW2. Also in those of The Third Reich.
好きなTV映画(Favorite TV movies):COMBAT! 、OK捕虜収容所(Hogan's Heroes)、特攻・ギャリソンゴリラ(Garrison's Gorillas)、ラット・パトロール(The Rat Patrol)、M*A*S*H、頭上の敵機(爆撃命令)(12 O'clock High)、0011ナポレオン・ソロ(The Man from U.N.C.L.E.)バンド・オブ・ブラザース(The Band Of Brothers)など。
好きな映画(Favorite films):チャップリンの独裁者(The Dictator)、プライベート・ライアン(saving private ryan)、フューリー(Fury)など。
QRコード
QRCODE
< 2017年06月 >
S M T W T F S
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
オーナーへメッセージ

コレクション ブログランキングへ

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上記事の更新がないブログに表示されます。
新しい記事を書くことで、こちらの広告の表示を消すことができます。  
Posted by ミリタリーブログ at

2017年04月02日

ジャングル・ファーストエイド・パウチ(M-2 Individual Medical Jungle Kit )

こんにちは。
当地大阪は桜の開花が全国各地に比べて遅い部類に入るんですね。やっと2日前?に開花があったようですが、朝晩はまだ冷え込みます。
またまた前回の投稿から1カ月以上も空けての投稿になってしまいました。
仕事絡み、体調絡みで致し方ありません。やる気はあるのですが時間の余裕が少なくて、やっと今日新規投稿です。お許しください。

今回は久しぶりにWWⅡUS装備品モノです。私のメインコレクションはWWⅡUS陸軍歩兵のETO(Europian Theather of Operations:ヨーロッパ作戦戦域)装備品なのですが、PTO(Pacific Theather of Operations:太平洋作戦戦域)装備品にも興味はあり、陸軍、海兵隊のPTO装備品も最低限レベルの蒐集はしたいなぁとの思いの延長線上で、今回のネタモノを入手しました。

↓「Container for M-2 Individual Medical Jungle Kit」です。俗にジャングル・ファースト・エイド・パウチなどと呼ばれます。中身がきっちり完備されて、晴れて「M-2 Individual Medical Jungle Kit」になります。

PTOとCBI(China Burma India Theater:中国ビルマインド作戦戦域)で支給されていた、ロールアップ式のバンデージ・薬品類入れであるM-1 Individual Medical jungle Kitの後継品として新たに開発されたモノです。
ETOでは支給されていません。また色調はODシェード#7のみであり、シェード#3(いわゆるカーキ)のモノはありません。

↓少し上から見ました。背面にはダブル・フック・ワイヤー・ハンガーが備えられているのでピストルベルト、カートリッジベルトにぶら下げることができます。2つのスナップボタンでフラップを留めます。「U.S.」スタンプの書体が、WWⅡ時に製造された装備品にしては珍しくゴシック体です。ブリティッシュ・メイドのモノにはゴシック体スタンプが多いのですが、WWⅡ時のUS製のモノにゴシック体の「U.S.」がスタンプされている例は多くありません。大抵はフォントで言えば「Georgia」や「Century」に最も近い書体でのスタンプが標準です。終戦後間もなくゴシック体でのスタンプが用いられ、ヴェトナム戦争頃には殆どすべてがゴシック体になります。

本体はコットン・ダック製。フラップとそれに続く本体横側はコットン・ツイル・テープで、下端部はコットン・ウェブ・テープで縁取りされています。
 
↓下端部にはダブル・フック・ワイヤー・ハンガーを吊るせるアイレット(鳩目穴)が設えられています。


↓背面です。中央、ベルト・ループとして、またダブル・フック・ワイヤー・ハンガーの固定を兼ねてコットン・ウェブ・テープが縦に縫い付けられています。

コットン・ウェブ・テープを本体のコットン・ダックに直接縫い付けると強度が不足するので、コットン・ツイル・テープをまずダックに張り付けて補強し(背面上端部分)、そこにコットン・ウェブ・テープが縫い付けられています。

↓この部分がベルト・ループです。トラウザーズ・ベルトだけでなく、ピストル・ベルトのように幅の広いベルトも十分余裕で通ります。


↓一応参考までに、側面の画です。厚みは6cmほどです。


↓フラップを開けました。製造者名と製造年「AVERY 1945」のスタンプがあります。本体の縦のステッチは中の仕切りを縫い付けるためのものですが、斜めのステッチは仕切りの固定には直接は無関係です。縦に縫って、糸を切らずに隣の縦へ行こうと思えば横に移動すればいいものを、わざわざ斜めに無駄なステッチを残しています。何故なのか分かりません。


↓主フラップだけでは中への雨水・砂塵等を防ぎ得ないため両サイドにもフラップが備えられています。


↓内部です。薄手のコットン・ウェブで仕切られています。左側の大きい方の区画にファースト・エイド・パケットと虫除け剤、右側の小さい4つの区画にヨードチンキ、水虫薬、アタブリン(抗マラリア薬)、水浄化剤、本体フラップの内側に絆創膏とスルファジアジン剤(サルファ剤の一つ)を収納するようになっていました。残念ながら私は、現物が完全に揃ったのを見たことはありません。


↓内部の収納仕切りは底から1/4インチほど(6mm)浮いています。水濡れしても乾きやすいように、との理由からだと思います。しかしながら底面に水抜き穴はありません。フラップが2重構造になっているので雨水の侵入は無い、との前提からなのでしょうか。


↓左右のフラップは本体と同じコットン・ダックを二重に重ねられたパーツとして、本体に後付けされる形で縫い付けられています。本体の生地裁ち段階では含まれていません。


↓本体フラップの内側の拡大です。製造者名と製造年のスタンプ。「AVERY」社は布製装備品全般にわたって多くの種類の装備品を製造していました。


↓本体フラップの内側に浅いポケットが設えられています。


↓ポケットの入り口にはコットン・ツイル・テープ製のループが備えられています。私の薄い記憶では、ここに絆創膏を通す形で収納していた…ように思うのですが。違っていたらすみません。



以上縷々見て参りましたがいかがでしょうか?
このパウチの外形形状そのものはその後長く受け継がれていきました。ヴェトナム戦争期中にはナイロン製となり、中身を保護するため仕切りを取っ払う代わりにプラスチック製のケースをパウチの中にセットする形となりと、改良が重ねられていきました。
また、「中身」の希少性は年々高まってきており、当然価格相場も高騰してきています。古い薬瓶にウェザリングを施した複製ラベルを貼って「本物」として売られています。「複製」と明示しているのであれば問題はないと思いますが、コレクターは常に留意したい問題です。


それではまた、なるべく早くにお目にかかりましょう。さようなら。



  

Posted by Sgt. Saunders at 10:00Comments(0)米軍(U.S.)装備品(Equipments)

2017年02月05日

WWⅡU.S.ウォーキートーキー(U.S. Radio Sets SCR-536-*)

みなさん こんにちは。
新年2回目の投稿です。
前回が100回目の記事になっていたことに数日前に気付きました。←書きかけで保存している記事を含めて100件でした。今回で96回目でした。すみません…。
当初は週刊、途中から隔週刊、でも実際はこの1年は月刊のペースになってしまっている当ブログ、最低でもなんとか月に一度は新規投稿しようと思っているのですが、
自身・家族の体調や仕事の関係でなかなか思い通りにいきませんが、今後もよろしくお願いいたします。
PC版のテンプレートを変えたのに合わせて今回の記事から画像を大きくしてみました。


さて今回採り上げますのはWWⅡ中に米軍が開発した徒歩部隊用の無線送受信器「Radio Sets SCR-536-(*)」です。(*)にはAからFまでの形式記号が入ります。私の所持しているモノは最終型Fの初期モデルです(ホントはCとかD、Eあたりが欲しかったのですが。)
多くの方がこの無線機を「BC-611」という名称ではないか?という誤解をされていますが、「BC-611」はこのSCR-536-(*)の中の送受信ユニットの事を指します。

↓まず全景です。当時としてはそのデザインと構造は特筆すべきモノであり、非常にポータブルな無線機でありました。5本の真空管と乾電池を用いる近距離用振幅変調双方向送受信器です。


↓では目につく順番に見て行きます。本体に直に「BEFORE OPERATING   READ・・TM-11-235『扱う前にTM-11-235を読め』」と、まぁ当たり前と言えば当たり前のことが書いてあります。


↓受話口は使用時に耳介に沿うように少し下向きに傾けてあります。


↓受話口の上のオレンジのマーキング。上下逆さまです。四角の中に「SC  5597  A」と表示されていると思いますが、良く分かりません。


↓画像をひっくり返しました。「SC  5597  A」(?)が何を意味してるのか分かりません。


↓送話時に押す送受信切替スイッチです。黒のゴムカバーで覆われています。ゴムの表面が少し劣化してきました。どこかのミリタリーショップでレプリカが売られて
いますね。送話口は受話口よりも大きく傾けてあります。


↓アンテナを伸ばすと電源が入り、受信状態になります。このスイッチは送信する時(話す時)に押すモノですから、受信の時はこのように押さずにそのままです。


↓送信時にこのように押します。離すと元に戻ります。


↓真横から見ました。送話口が使用者の口の方に近くに来るように大きく上へ傾いています。また送受信切り替えスイッチのカバーは6つのネジを外して交換可能です。


↓データ・カード・ホルダーです。ここには周波数やチャンネル、電池の最終交換日時等を記録した紙片を入れます。
本来は透明プラスティック・カバーがあるべきなのですが、入手時にはありませんでした。プラ板で代用できるので問題にはしませんでした。
さらに、この個体は、上から紙片を入れられるようにホルダーが上下逆さまに付け替えられていています。この個体のようににホルダーの開口部が上向きになってると、本体を逆さまにすると紙片・透明カバーが抜け落ちてしまいます。本来は本体の底カバーを開かないと、このホルダーに入ってる紙片・透明カバーを取り出せないよう紙片を入れる開口部が下向きになるように取り付けられています。でも何故こうなってるかと言えば、やはりこうしておいた方が底カバーを開けずとも、容易にサッサと紙片を入れ替えることができるから、兵士が現場での使い勝手が良いように改造したのだと思います。


↓本来の取付けと上下逆さです。開口部が上を向いています。正しくは開口部は下向きで、カードを入れ替えるには面倒でも底部カバーを開かなければならないようになっていました。


↓銘板です。メーカーである「GALVAN MFG. CORPORATION」は1947年に「MOTOROLA」に社名変更しました。そう、あのモトローラ社です。


↓てっぺんに戻ります。上面からはアンテナが伸びるようになっています。


↓どうしても本体に収めきれなかった伸縮アンテナの露出部分は、これを保護するためのアンテナ・キャップが被せられています。被せて外れないよう固定するためにネジが切ってあります。


↓このようにです。キャップの底部内側が雌、本体側のアンテナ碍子(グリスで少し黄色く染まっている透明樹脂製のモノ)のすぐ下の土台に雄ネジが切ってあります。


↓普段はこの土台のネジにキャップのネジを締めてアンテナを保護します。


↓で、外したキャップは、消音のための黒いゴムカバーで覆われた金属チェーンで本体と繋がっていて紛失する恐れはありませんが、使用中ブラブラ揺れて本体に当たってカンカラカンカラ音を発するのを防止するため、「ちょっとココに居ててね」ネジ(マニュアルでは「Mounting Stud(取り付けネジ)」に留め置いておくようになってます。


↓こんな風にです。アンテナにキャップとチェーンが絡まって、アンテナと本体を短絡させることのないようにする目的もあります。


↓画像では少し左寄りに写っていますが、上部カバーの真ん中にあるこのプラスネジは内部の送受信器ユニットを本体筐体に固定するためのもので、周波数やチャンネルの変更には関係していません。「認められた修理要員以外は触っちゃいかん」とマニュアルに書いてあります。


↓ピンボケですみません。アンテナは4段伸縮構造です。一番下の部分を引っ張り上げると電源が入るようになってます。三段目から上は受けようとする電波量の調整をするために伸縮させます。


↓汚い画像ですみません。アンテナを伸ばし切ると103cmほどあります。


↓底部カバーはラッチ・ボルトで固定されます。


↓ボルトを緩めて…


↓スロットから外すと…



↓パカッと開きます。左に見える本体側の上の茶色の部分がラジオ・シャーシ、その下の空間がバッテリー収納部です。開いた底部カバーの内側にはバッテリーとラジオ・シャーシの電極をつなぐ接点バネが2つあります。


↓本体内部は3つに分かれています。上半分の茶色い部分がラジオ・シャーシです。左下の四角い部分には四角柱型のBA-38バッテリー(陽極電圧用・103.5V)、右下の丸い部分には円筒型のBA-37バッテリー(フィラメント電源(直熱陰極線条用)・1.5V)が入ります。互いに入れ間違えないようにするためにこのような形状にしたんだそうです。


↓右のBA-37バッテリーは左のBA-38バッテリーの半分くらいの長さです。


↓底部カバーの内側です。縁には防水のための黒いゴム・シーリングが巡らされています。左上、ここにもオレンジ色で「バッテリーを入れる前にTM11-235を参照せよ(BEFORE INSERTING BATTERIES REFER TO TM11-235)」との注意書き。接点バネを留めてある絶縁板には「+(陽極)側を外側にしてバッテリーを収めること。(PLACE BATTERIES IN POSITION WITH +(POS.) END OUT.)」の注意書き。


↓ラジオ・シャーシを拡大。上の丸い銀色の端子のすぐ下の「A+」は「BA-37バッテリーの+とつながる」の意。そのすぐ下にはこのシャーシの名称「RECEIVER AND TRANSMITTER CHASIS BC-611-F」。さらにそのすぐ下にはまた丸い銀色端子。「B+」は「BA-38バッテリーの+とつながる」の意。左に縦の黒い部品は陽極回路(plate circuit)ジャンパー。一番下はマイクとイヤフォンのジャック。


↓ジャンパーとジャックを抜いてみました。ただそれだけです。


↓筐体は金属の鋳造。


↓受話口のキャップはねじ込み式なので容易に外せます。


↓受話口のユニットが見えます。


↓送話口もキャップはネジ式で容易に外せます。


↓こちらのユニットも奇麗です。


↓TM 11-235(のリプリント)です。SCR-536の入手後ほどなく入手しました。オリジナルも探しましたが見つけられませんでした。


↓目次の次のページにはこのように「DESTRUCTION NOTICE(破壊告示)」として、この無線機を敵に使わせたり回収させて敵を利することにならないように、粉砕して、切断して、燃やして、爆裂させて、廃棄してばら撒け!との指示があります。


↓「チェックメイト キング・ツー、チェックメイト キング・ツー、こちらホワイトロック(本当は「ルーク」だけど)、どうぞっ!」のCOMBAT!のサンダース軍曹のセリフが聞こえてきそうです。でも、M1ヘルメットのはずが、ライナーだけっていうのはちょっと残念。


↓他の無線機も含めた周波数スペクトル。下から6つ目に今回採り上げたSCR-536-(*)があります。送受信とも3.5~6.0メガサイクル(今で言うメガヘルツ)を使います。0.05メガサイクル刻みで50チャンネルのうちの一つに予め設定しておいて使用します。



当初は背負い型の大きい野戦無線機SCR-300を「ウォーキー・トーキー(Walkie-Talkie:歩きながら話せる)」と呼んでいたのに対比させて、このSCR-536を「ハンディ・トーキー(Handie-Talkie:持ちながら話せる)」と呼んでいましたが、その後SCR-300を含む、手で持って話せるすべての無線機を「ウォーキー・トーキー」と呼ぶようになっていったそうです。
WWⅡ後は朝鮮戦争中期・後期まで使用されましたが、後継モデルたるAN/PRC-6がその役目を継ぎ、ヴェトナム戦争まで使われました

あともう少しマニュアルの画像を用いて細かく説明しようかなと思いましたが、あまりにもボリュームが大きくなるので、今後またあらためてご紹介したいと思います。

それでは今回はこの辺で失礼します。


  

Posted by Sgt. Saunders at 07:50Comments(0)米軍(U.S.)装備品(Equipments)

2017年01月22日

ドイツ軍7.92mm小銃弾300発カートン(WWⅡGerman 300 cartridges carton)

みなさん、たいへん遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
新年最初の投稿です。また今年もお付き合い下さいますようお願い申し上げます。

アメリカ合衆国の第45代大統領のトランプ氏の就任式が20日に執り行われ、その関連ニュースで世界中で少しざわついていますが、みなさま方はどのようにお感じでしょうか?
日本政府もいろいろ気苦労の種が増えて大変でしょう。

さて、新年最初に採り上げますのは昨年最後の記事で採り上げましたドイツ軍の小銃弾7.92mmモーゼル弾(Patrone s.S.)の最小梱包単位である15発入りパック(←前回記事が別ウィンドウで開きます)を20個収める300発カートン(Packhülse 88)です。このカートンが更に5個収まるのはPatronenkasten 88と呼ばれる木箱です。私はまだこの木箱は現物を見たことがありません。

↓ともあれ、これが300発収納のカートン(Packhülse 88)です。↓

やや厚めのボール紙でできています。取っ手はコットン(?)のストラップで、このストラップは同時にカートンに収まる20個にのぼるパックをグルッと一括りする役割も果たしているのです。追い追いお分かりいただけるかと思います。

↓筒状のカートン本体と、両端を塞ぐ部分の全ての面がボール紙2枚の二重構造になっていて、上述のストラップがその2枚のボール紙の間を通って20個に及ぶパックをグルッと結わえる構造になってます。


↓こちら側の「蓋」に施されたメーカーのロゴと製造年(1934年)の刻印。実はまだメーカー名を特定できていません...。


↓カートン上面手前にあるラベル。赤色の「i.L.」のスタンプはK98k用装弾子付きであることを示す「in Ladenstreifen」の略です。

曰く、
(1行目)Patr. s.S.(Patrone schweres Spitzgeschoß:重量尖頭弾)
(2行目)P.15.L.34(Polte Armaturen und Maschinenfabrik A.G.社製(コード:P)、ロット34番、1934年製造)
(3行目)「Nz.Gew.Bl.P.(2・2・0,45):」はNitrozellulose Gewehr Blättchen Pulver(ニトロセルロース弾薬用小葉体火薬)、火薬粒子が2mm x 2mm x 0.45mmであることを示します。
(4行目)「Rdf.11.L.34」のRdfは上の3行目で示された火薬の製造者「Westfälisch-Anhaltische Sprengstoff A.G.社」を示します。1934年製造、ロットナンバー11番です。
(5行目)「Patrh.:P*.45.L.34」は「Patronenhülse(薬莢)」についての標記。「Polte Armaturen und Maschinenfabrik A.G.社(コード:P)、ロット45番、1934年製造」となると思います。「思います」というのは、Pのすぐ後ろの「*」が分からないからです。過去記事でこれが、「真鍮の銅の含有率が72%であることを示すという資料があります」と紹介していましたが、今も尚確信が持てていません。今後引き続き調べていきたいと思います。つづく「‐Gesch.: P.274.L.34‐」は「Geschoß(弾丸)」についての標記。「Polte Armaturen und Maschinenfabrik A.G.社(コード:P)ロット274番、1934年製造」となります。更にその後ろ、「Zdh.:S.K.D.869. L.K.」は「Zündhütchen(雷管)」の略。「S.K.D.」は「Selve Kronbiegel Dornheim A.G.社」の製造者コード。ロットナンバー「869」で、その後の「L.K.」ですが、これについても「K」が1934年を示すのだとする資料がありますが、確信には至っておりません。もしご存知の方がいらっしゃいましたらお教え頂きたく存じます。
ラベルの上のカートン本体に直に印刷されているAとCとJを組み合わせたロゴは…どのメーカーのものかまだ分かりません…。「1934」は言うまでもなく1934年製の意です。

↓一番目の画像とは反対側からの画像です。


↓「Tragschlaufe(運搬用吊り手)」。このFraktur(フラクチュール)書体のほかにも一般的な普通のラテン文字での表記がされたものがあります。


↓こちら側の「蓋板」には菱形の封紙で封がされています。「P」は上で見たのと同じ「Polte Armaturen und Maschinenfabrik A.G.社」の意。


↓「蓋板」自体にも製造者ロゴと1934の製造年が型押しされています。


↓封紙を破って蓋板の外側のボール紙を開くとバックルでタイトに締め上げられたストラップが出てきました。


↓ストラップにはバックルの爪を刺すための穴は無く、ストラップに直接爪をブッ刺して締めます。


↓バックルの拡大。材質不明の金属製で黒の塗装。「PRIMA」の商標。


↓ストラップはへリンボンツイル(杉綾織)で十分な強度を持っています。


↓バックルを外しました。蓋板を完全に外して中のカート箱を取り出すことができます。丁寧に扱えば複数回は再利用できそうです。


↓カートン本体は底部分でステイプラー留めされています。



いかがでしたか?この個体は数年前eBayで手に入れたのですが、ダミーカートが出品禁止になったせいか、最近はあまり出品されているのを見ないですね。ミリタリーショップでもあまり出物が無いように思います。大事にしたいと思います。

それではまた…。





  

2016年12月31日

8mmモーゼル弾(4):7.92x57 IS(Patronen schweres Spitzgeschoß)(4)

みなさん こんばんは。
年の瀬も年の瀬、いよいよ大晦日の夜を迎えました。もう間もなく2017年になろうとしています。
今年も思い出せないほどたくさんの出来事がありました。
コレクションにおいては特段希少品をゲットするでもなく平々凡々とした一年でした。健康面では波乱万丈でした。
みなさんは如何でしたか?

さて今年最後の投稿は、またしても私の好きなダミーカートです。以前3回お送りしたドイツ軍の8mmモーゼル弾 7.92x57 IS(Patronen schweres Spitzgeschoß)とは、また別の個体です。所有しているものを今後順次ご紹介していこうかなと思います。

↓現在所有する「Patr. s.S.」です。全8メーカー、計12箱です。右下の一つはK98k用装弾子付きであることを示す「i.L.(in Ladenstreifen )」が後から赤文字でスタンプされてます。その左のモノはラベルの印刷時点から「s.S. i.L.」になってます。


↓まずは今回はこの個体から。「1行目の「Patr. s.S.」は、Patrone schweres Spitzgeschoß(重量尖頭弾)の略です。

P. 442 4.L.38
Nz.Gew.Bl.P.(2・2・0,45): Mog.4.L.38
Patrh.:S* P.442 4.L.38 Gesch.:P.442 3.L.38
Zdh. 88: S.K.D. 403 L.38

2行目「P.442 4. L. 38」のP442は ドイツ中部チューリンゲンのシュロイジンゲンにあったZieh- und Stanzwerk GmbH(引抜・押抜工業有限会社)の製造者コード(Heereswaffenamtkodierung)です。続く「4. L. 38」は、ロット番号4番、製造年が1938年であることを示します。1941年中に製造者秘匿コードがアルファベット表記「hlc」に変わります。

3行目は装薬種類です。「Nz.Gew.Bl.P.」は「Nitrozellulose Gewehr Blättchen Pulver(ニトロセルロース弾薬用小葉体火薬)」の略。「2・2・0,45」は、火薬粒子が2mm x 2mm x 0.45mmであることを示します(ドイツでは小数点は「.」ではなく「,」で表します)。その後ろ「Mog」はDeutsche Sprengchemie(ドイツ爆破化学)、Moschwig Plant(モシュヴィヒ工場)の製造者コードで、ロット番号「4」の1938年製の意です。 この会社は 同じく爆薬製造会社であるWestfälisch-Anhaltische Sprengstoff A.G.社の子会社です。

4行目「Patrh.:S*.P442.4.L.38」は「Patronenhülse(薬莢)」についての標記。「S*」は「真鍮製」を意味します。「P442」は上記と同じ「Zieh- und Stanzwerk GmbH」製で、ロット番号4番、1938年製造となります。 続く「Gesch.: P.442.3.L.38」は「Geschoß(弾丸)」についての標記。「P442」は、やはり上記と同じ「Zieh- und Stanzwerk GmbH」製の意で、1938年製、ロット番号「3」であることを示します。

5行目「Zdh. 88」は「Zündhütchen(雷管)88」の略で「88式雷管」の意、「S.K.D.」はその製造者「Selve Kronbiegel Dornheim A.G.社」の製造者コード。ロット番号「403」、1938年製の意です。

↓こんな画像は見るたびにうっとりします。


↓5発3列でケースに入ってます。


↓箱の蓋部分(裏面)にある製造者のロゴと製造年のコンビのエンボス。「19〇38」の〇の中にどんな意匠があるのか今一つ判然としません。


角度を変えてみたりもしますが…。


やっぱりもう一つはっきりしません。


↓カート底面。ラベル表記の説明で見た「薬莢」についての情報がここでも分かるようになってます。(ラベルの4行目)。
また、中心のプライマー(雷管)の周りの円いシーリング部分は、「弾薬の種類」を色で示していて、この個体では緑色です。緑色は「s.S.(重量尖頭弾)」であることを示します。SmE(鉄芯尖頭弾)系なら青、SmK(鋼芯尖頭弾)系なら赤といった具合に他にも種類があります。


箱のラベルとカート底面の刻印が一致していると、それだけでも嬉しくなります。



以上駆け足で見てきましたが、如何でしたでしょうか。
近時はダミーカートを個人レベルで輸入するのは無理のようなので、大事に保管・管理していきたいと思います。

今年もご覧いただきありがとうございました。
また来年もコツコツ地味~に投稿していきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。それではみなさん、よいお年を!


  

2016年12月19日

ドイツの煙草「Regie」(German Tobacco,"Regie")

みなさんこんにちは。
気が付けばもう年の瀬師走、しかももう半ば過ぎ。
今年は私は病気の年?先月も風邪をひいて、2週間余りに亘って治りかけてぶり返し―をグズグズと繰り返し、早いとこインフルの予防接種を受けたいなぁと思いながら、今度こそ治ったかなと思っていた先週木曜日、急激な倦怠感と高熱。こりゃ来てしまったかと病院で見て貰ったらバッチリインフルA型でした。イナビル吸引して熱も下がり、かなり元気も出てきました。もっと早く上梓する予定だった本投稿も結局今日まで延び延びになってしまいました。みなさんもお気をつけください。

さて、今回お届けするのは純粋なミリタリーモノとは言えませんが、アクセサリー的なものとしてコレクションしましたWWII時のドイツのタバコです。
他にもいくつかを10年ほど前にeBayで比較的安価に落札する事が出来ましたが、その内の一つです。

↓「Regie」という銘柄?のタバコです。「Regie」とは「演出」とか「監督」などの意味ですが、いまひとつしっくり来ない感じがします(後に続くZigaretten-tabakと同じ書体なので「官給」の意?)。「FEINSCHNITT」とあるように、細かく刻まれたタバコの葉が50グラム(50 GRAMM NETTO)入っています。この葉っぱを紙に巻いて吸います。

「Zigarettenn-tabak」はどう訳しましょうか。私には喫煙の習慣が無いのでよく分かりません。「紙巻たばこ用たばこ葉」としておきます。

↓パッケージはすべて地味な色合いの紙でできています。平時ならもっと華やかなパッケージなのでしょうが、サブデュードされている印象です。上面から背面を周って下まで封紙で留められています。



↓左側面。オーストリアの「(ドナウ川沿いの)Hainburg工場製造」。ドイツ・オーストリア域の地名は同一名称のものが多くあるので、このように「何処其処 an der 何々」と表記されている例が多いです。この「Hainburg」もドイツ国内に同一名の自治体があります。


↓右側面。「AUSTRIA TABAKWERKE A.G. VORM ÖSTERREICHSCHE TABAKREGIE」すなわち「前オーストリアたばこ監督庁 オーストリアたばこ工業株式会社」。


↓このように背面を封紙が周っています。


↓封紙には「Feinschnitt 50g(細目 50グラム)」「30RM das kilogr.(キロ当たり30ライヒスマルク)」とあります。

さるサイトでこの頃の1RMは現在の約1,300円程度であるとのデータがありましたので、それを以て換算すると50gで約2,000円前後になりますか。

↓写っている封紙の左端の空白部分にはお馴染みの国家鷲章のエンボスがあります。触りまくって凹凸が潰れてしまってますが、お分かりいただけますでしょうか?


↓底部分です。製造会社のロゴと「TABAKWERKE A.G. WIEN」と、「オーストリアたばこ工業株式会社 ウィーン」とノタマワってます。

現在Austria Tabak GmbH(オーストリアたばこ有限会社)となり、なんとわが日本のJTの子会社JTIの傘下にあります。本部はスイス、ジュネーブにあります。右(画像では下)の方に「’BL」との印字がありますが、これは何の意味を持つのか分かりません。


以上見て参りましたが、あまり資料的価値がなくて申し訳ありません。病気がちで碌に周辺情報リサーチが出来ませんでした。
ドイツ軍モノのアクセサリーになるかと思って入手したのですが、アクセサリーどころか主役の蒐集すら覚束ない状態です。

次回頑張って2016年最後の投稿としたいと思います。
ではまた。



  

2016年11月05日

M16系用20連マガジン(20 rds. Magazines for M16 Rifle ancestry )

皆さま こんにちは。
当地大阪は、朝晩などには思わず「寒っ」と口にするような季節になりました。今朝の気温は6度!秋を通り越して冬ですね。
拙宅の周りの木々も紅葉が進んできました。
WWⅡETOコスプレがやり易くなる季節の到来を嬉しく思います。

さて、今回の投稿も諸般の事情が重なった結果、前回投稿からまた1カ月超も経過してのものとなってしまいました…。
今回採り上げますのは、私の「実銃は持てないのでせめてアクセサリーを・・・」コレクションから、AR-15ライフルを米空軍が1964年にM16として制式採用し、また、陸軍が同年AR-15にフォワード・アシストを加えてXM16E1として限定採用し、1967年にはM16A1として制式採用しましたが、それらを含む、いわゆるM16系ライフル用の20連マガジンです。

まずはこの画像を。

5.56×45mm NATO弾(.223レミントン弾)を20発収めるM16系ライフル用の20連マガジン、10連クリップとダミーカートリッジ、マガジン・ローダー(←過去記事にジャンプします)です。

↓マガジンに接近。アルミ合金製で、表面は艶消しグレー色の光反射抑制・腐食防止のための陽極酸化処理がなされていますが、その被膜がエッジを中心に剥げてきています。


↓コレクションの中から2つをピックアップして見て行きます。

フォロワーはどちらもアルミダイキャスト製です。画像ではあまり差がないように見えますが、左の方はやや明るめの、右の方は鈍いグレイ色です。

↓銃に装着したときに後ろにくる面です。マガジン本体を形成するアルミ合金板がこの面でスポット溶接されて合わされています。


↓底部、フロア・プレートです。

↓文字が読みにくいので反時計回りに横に置きなおしました。上の右のモノが上、上の左のモノが下です。

表記は2行目以外は同じです。2行目は、上のモノが「CAL. 5.56MM」、下のモノが「CAL. .223」となっています。どちらも口径(caliber)を表したもので、ミリ表示かインチ表示かの違いです。一般的に1968年以前製造されたモノが「.233」表示、1969年以降製造分は「5.56 MM」表示になっているといわれています。
因みに米陸軍は1964年に.223レミントン弾に若干の改変を加え「5.56mm Ball Cartridge, M193」として制式採用しますが、同時に「5.56 NATO」として「7.62×51mm NATO」に続くNATO弾として採用されます。

↓2つをピックアップして見ていきます。銃に装着した場合に前側にくる部分の下端の拡大です。メーカー・ロゴマークと径2~3mmの凸が見えます。この凸は暗闇でもマガジンの前後が分かるようにと設けられたモノだそうです。マガジンのこの位置のほか中程と上端付近の計3つあります。

「UとI」もしくは横にすると「CとH」を組み合わせたように見えるこのマークですが、これらのマガジンの実質的製造者であり、サブ・コントラクターである「Okay Industries」の下部部門「Universal Industries」のUIを図案化したマーク」とする説と、「Colt のCと所在地HartfordのHを図案化したマーク」とする説があり、どっちが正解かどちらも間違いか、実はまだ知りません・・・。個人的には前者が正解ではないかと思います。

↓もう一度フロア・プレートを。「.223」と「5.56mm」の違いのほかに、微妙に書体(フォント)が違っていたり、Colt社のお馴染みの『〇の中の跳ねポニー』が微妙に違ってたりします。


↓持ってる20連マガジンを全部並べました。かなり使い込んだモノ、比較的新しいモノ、さまざまです。


↓アルミ合金製ですが、思いのほかリップの変形などはあまりありません。ちょっと意外です。


↓以前の投稿でも登場しました20連マガジン用の新旧マガジン・パウチ(ケース)。左はM1956(コットン)、右はM1967(ナイロン)。どちらも4本収納できます。


↓収納するとこんな感じです。右のM1967の方の左端とその隣のマガジンとの間にOD色のストラップが飛び出ていますが、このストラップを引き上げると左端のマガジンが上方へせり上がる様になっています。4本のマガジンが結構タイトに収納されているので、最初に一個取り出すときに少しでも素早くサッと引き出せるようにしてあります。過去記事の真ん中辺りを参照下さい。


ヴェトナム戦装備に興味が沸き、「兵士の基本的個人装備として上のマガジン・パウチを両腰に2つ着ける、ということは最低8個はマガジンを集めねば...」という強迫観念に囚われて、兎に角20連マガジンを必死で蒐めまくったのは実は最近のことです。

ずぅ~っと昔、ミリタリーの世界にWWⅡ装備品から目覚めた私は、その頃未だヴェトナム戦争モノには食指は動くことなく、当時この20連マガジンは「沖縄アメリカ屋」さんなんかで1個1,500円程度だったように思います。それが昨今オークションでも最低1個4,000円くらいはしますね。確実にデフレが進行しているのか、単に希少品になってきたのか、日銀の黒田さんはどう思うでしょうか。

さて、2013年6月に始めました当ブログ、今朝方にアクセス数が3万を超えました。ありがとうございます。
基本的に「見て貰えたら嬉しい」性格ですので、やはり皆さまからアクセス頂けるのはとてもありがたく嬉しく思います。これからもどうぞ忌憚のないご意見・間違いのご指摘をよろしくお願い申し上げます。

それではまた次回お会いしましょう。




  

Posted by Sgt. Saunders at 11:29Comments(0)米軍(U.S.)銃器(Fire Arms)

2016年09月19日

U.S. WWII M-1942ミート・カン(U.S. WWII M-1942 Meat Can)

みなさんこんにちは。
台風がゆっくり移動しているせいで、このところずっと当地大阪は雨が降ったり止んだり、気温は28度前後まで上がって湿度が高くムシムシしていまして、あんまり心地よくありません。しかしまぁ、リーンリーンと虫の声が聞こえてそれなりには秋を感じさせてくれます。

仕事、体調、その他もろもろの要因が重なって一カ月以上更新(新規投稿)が出来ませんでした。
ネタはいろいろあるのですが、「これ!」と決めてから写真撮影してテキストを書いて、間違いがないか確認して…と結構時間を要するので、なかなかまとまった時間が取れずにいました。
今般の連休をちょっと使って頑張って投稿します。


今回のネタは兵士達ががホンの束の間の安息を得られる食事時に使用されたミート・カン(Meat Can(俗にメス・キットと呼ばれました))のひとつ、「M-1942ミート・カン(Can, Meat, M-1942)」です。
ミート・カンの原型はWWIよりもっと以前に「M-1874」の名前で出現しています。「M-1874」はこれからご覧いただく「M-1942」のひい爺さん的なモノで、基本的な作りはほぼ踏襲されています。
米軍の公式文書で確認できるモノとして「M-1910」のほか、「M-1918」、「M-1932」、「Can, Meat, Corrosion Resistant Steel」があり、今回は出てきませんが別の機会にあらためてご紹介したいと思います。

↓M-1942ミート・カン(Can, Meat, M-1942)です。

初めてごらんになる方はどんな構造なのかわかりにくいと思いますが、以下順に見ていただくとお分かりいただけます。

↓真上から。


↓横から。


↓バラしてみました。

パン部分とパーティションのついたトレイに分かれます。

↓トレイを下向きにしてパンの上に被せて、パンの柄で上から押さえて固定するという構造になっています。


↓トレイを重ねたところ。トレイのパーティション部分の谷間にパンの柄が収まる形になってます。上の画像とは向きが左右逆になってますね。すみません。


↓このようになります。収納時には柄の先とパンの縁とが留め金のように作用するので、不意に開くことはありません。


↓反対側。


↓柄には特にロック機構がありませんから、パンとして使うときには注意が必要です。


↓配給を受ける容器でもあり、かつ、自分でストーブを使って調理するための器具にもなります。


↓パンの深さは約35mmあり、一人分ならどんな調理もできます。


↓トレイです。15mm程の高さの仕切りがあるので、汁気のあるものとそうでないものとを分けておくことができ、便利です。


↓トレイのリングにパンの柄を通して…、


↓このようにセットすると…、


↓このように片手だけでどちらの器も安定して持つことができます。、


↓トレイのリングをパンの柄に通して…、


↓あとスプーンとフォークとナイフもそれぞれにある穴を同じくパンの柄に通して…、

このまま熱湯にくぐらせて洗浄できるようになっていました。

↓パンの柄の先端には、紐などを通して熱湯の中に柄も含めて全体を浸けられる様に穴が開けられています


↓パンの柄に施された製造者と製造年等の表示。

U.S.
M.A.Co
1945
1945年「Massillon Aluminum Company」製です。この柄の部分の亜鉛メッキはかなり剝がれています。

↓当ブログでたびたび出てきます「QUARTERMASTER SUPPLY CATALOG」からの抜粋です。
上が1943年8月版、下が1946年5月版です。これまで見てきましたCan, Meat, M-1942は上の1943年8月版にストック・ナンバー「74-C-62」として出ています(赤下線部分)。


ところが下の1946年5月版の画像の赤下線部分を見てください。同じストック・ナンバー「74-C-62」で、品名が「Can, Meat, Aluminum」になっています。「M-1942」が取れた代わりに「Aluminum」という語が入っています。この辺りに制式名称と実物についての混乱の元があると思います。

実はこの「M-1942」については、いろんな方の著作物・研究書を見ても、その材質についての記述が多岐にわたっており、私自身も未だ完全な確証を得てはおりません。「『M-1942』には初期のアルミ製のモノと後期のステンレス製のモノがある」とか、「『M-1942』はステンレス製である」とか諸説ありますが、どの説も完全に首肯せしめるだけの論拠を示しておらず、今後の研究が望まれます。
「ストック・ナンバーが同じなのであるからモノ(素材)は同一で、名称だけ変えたのではないか」、「素材に違いがあっても制式名称が同じであることは特段おかしくないのだ」、「QMカタログの写真が間違っているのだ」等々諸説の根拠の枚挙にはいとまがありません。

私は今のところ、この両カタログの記述と手にしたことのある現物等を総合的に勘案した結果、
「ストック・ナンバーは同じ『74-C-62』であるが、『M-1942』は亜鉛メッキ鋼板製で、『Can, Meat, Aluminum』は文字通りアルミ製である。」
「参戦後『M-1932』の在庫量が足りず、素材を当時貴重品目となっていたアルミではなく亜鉛メッキ鋼板で造り、あらたに『M-1942』、ストック・ナンバー『74-C-62』」として制式化・量産した。のちにアルミの使用を許されることとなった同年秋に材料をアルミに変えたが、同じ制式名称のままで素材が違っていては混乱するので、制式名称にキチンと『Aluminum』と入れ、『M-1942』を外した。ストック・ナンバーは変える必要が特に無いのでそのままにした。『Can, Meat, Corrosion Resistant Steel(ストック・ナンバー:74-C-66)』(上の画像の緑下線のモノ)はその後アルミに代わってステンレスを素材として制式化され、そのまま70年代まで製造された。」
と見ています。

↓これはCan, Meat, Corrosion Resistant Steelです(但し名称は1960年代に「Pan, Meat」に変わっています)。


↑柄の部分の拡大です。
U.S.
S/L MFG. 1965
DSA-4-055006-TR530
管理識別コードがストック・ナンバーからDSAコードに代わった後の1965年製のステンレス製ミート・カン(パン)です。S/L MFG.が何という製造者かまだ知りません。
この個体はコレクションというより実用にと購入したサープラスモノで、キャンプやちょっとしたハイキング、トレッキングにバーナーとともに持って行ってハムエッグやスクランブルエッグ、フレンチトーストを作ったり、ソーセージを炒めたりハムを焼いたりと、いろんなことができるので重宝しています。


いかがでしたか?実用できるコレクションは良いですね。現在ではWWIIヴィンテージモノだと程度の差こそあれ4,000円も出せばかなり程度のよいモノが手に入ります。サープラス品だと2,000円もあれば新品を手に入れるのも可能です。
兵士のほっと一息タイムを疑似体験できます。これから秋の行楽シーズンに入り、野山でコーヒー沸かして自分なりのレシピでちょっとした食事を作って食べる事が楽しくなってきますね。

それではまた次回お会いしましょう。




  

Posted by Sgt. Saunders at 17:36Comments(0)米軍(U.S.)装備品(Equipments)

2016年08月07日

Meldekartentasche, M35(WWⅡドイツ軍M35マップケース)

 こんにちは。お久しぶりです。
 リオ・オリンピック始まりましたね。
 参議院議員選挙、今回も私にとっては「ウーン」な結果となりました。また、東京都知事選挙も、私は直接は無関係ですがこちらも「ウーン?」な結果に映りました。ま、結果を受け容れる度量があってこその民主主義。みんなで一緒に難問に取り掛かりましょう。
 1カ月以上音沙汰のない当ブログ、パソコンが急に調子が悪くなったこともあって更新(記事投稿)ができませんでした。ネタは用意してありましたが今般やっと上梓できました。

 今回のネタは前回のWWⅡ米軍M1938ディスパッチケースに触発されて思いついたWWⅡドイツ軍M35マップケース(Meldekartentasche M35)です。
Meldeは報告・伝令、Kartenは書類・地図、Tascheはケースですから、「M35報告書・地図ケース」といった方がより正確でしょうか。まあ一般的にマップケースで国内外で通用していますので当ブログでも今後「マップケース」とします。

↓M35マップケースです。

ドイツ軍の革装備品ではお馴染みの石目(pebble)模様で、本個体は茶革製です。フラップはベルト・バックル留め。なお、黒革製のものもあります。

↓モーゼル弾薬盒等でもよく見られる石目模様。テカり防止のための加工でもあります。


↓フラップを留めるベルトを外しました。


↓フラップを開きました。定規・ペン・複合分度器を収めるポケットが設えらえています。


↓左側の定規入れの部分には持ち主がカスタマイズした切れ込みが3つあります。短い定規をサッと取れるようにしたのではないかなと思います。


↓複合分度器(Deckungswinkelmesser)入れ。ピストルホルスターにあるのと同様の「サッと取り出しストラップ」が仕込まれています。


↓別角度から。

分度器を収めるとストラップが底まで落とし込まれ、ストラップを引き上げると分度器がせり上がるようになってます。

↓ペン・ポケットは7つ。左側3つは少し太いような気がします。


↓書類・地図を収める本体部分。


↓もっと近づいて見ます。革で2つに仕切られています。


↓横から見ると分かりますが、ケースの厚みは最大5cm位あります。


↓底です。中の仕切り革は底面では縫い合わされていません。


↓フラップ内側です。側面からの雨水・砂塵の侵入を防ぐ「耳」が両側に付いてます。

フラップを押さえている人差し指の先にメーカー名等の刻印があります。

↓その拡大。

上段:「ERNST KOHNEN」
下段:「SOLINGEN 1942」
とあるのがお分かり頂けますか?
刃物で有名なゾーリンゲンにあった革製品のメーカー・エルンスト=コーネンです。ヘルメットのチン・ストラップにこの名があるのを見たことがあります。

↓ケースの裏側です。

ウェスト・ベルトにぶら下げるためのベルト・ループが2本あります。

↓このような構造です。上向きにベルトが伸びていて、


↓適切な長さのループを作って折り返し、バックルに通して・・・


↓余った部分はバックルの下を通して


↓このようにストラップを下向きにダラーンと垂らしておくだけです。



いかがでしたでしょうか?
ドイツ軍モノには、いつも申しますが、「質実剛健」の良さがあり、様式美を感じます。
米軍モノが「安くてそこそこのモノを大量に投入!傷んだら『ハイこれ。新しいの。』」という姿勢なのに対し、ドイツ軍モノは「いいモノを大事に扱って長持ちさせる」という姿勢の表れかなと勝手に解釈しています。

「ドイツ軍装備も一通り揃えよう」と思ってこのケースを入手したのですが、もう10年程も前だったと思います。現在でもそこそこの程度であれば150ドルも出せば入手できるのではないでしょうか。
さすがにオリジナルのドイツ軍装備品をサバゲには投入できませんが、コスプレなら傷まないように丁寧に扱えばいいので、いつかそんな形で披露できればいいですね。

昔TAMIYAの1/35ミリタリーミニチュアシリーズにハマっていた時、ドイツ兵士官がこれを装着しているのが如何にも士官だぞっていう感じで格好良かったですね。ただ5㎜角ほどの部品をフィギュアのベルト下に吊るしたように接着するのは、接着面が小さくて難儀したなぁ。タミヤセメントがサラサラなのでワザと時間を空けて粘度を上げてからくっ付けたなぁ。そんな思い出までよみがえりました。


それでは、また次回お会いしましょう。








  

2016年06月26日

M-1938 ディスパッチ・ケース(M-1938 Canvas Dispatch Case)

みなさんお早うございますorこんにちは。お久しぶりです。

梅雨どきなので雨が降り、降り続けるのは当然なのですが、降り方が酷いですね。梅雨は「シトシト」と降るものだと思うのですが、近年は「ドバーッ」「ザバーッ」「ゴォーッ」ですからね。土砂災害・浸水被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。

参議院議員選挙に向け各党が威勢を上げているようですが、国民はどう受け止めているのでしょうか?
与党(公明を除く自民党)は、改憲はひとまず隠しておいて「増税先送り餌」と安部政権政治の中での「良いデータ」だけを総動員して国民を釣り、多数議席を得た後に一気に改憲に持ち込もうと目論んでいるのがまる分かりですね。
野党は「与党による憲法改悪を是が非でも阻止しなければエライことになる!」という目的で緊急的に一致団結して与党に対抗するのは良いとしても、「改憲なんて今のワシ等にはどうでもエエ。それより目先のゼニや!シノギや!」というレベルの人には「憲法改悪阻止のためだけに緊急的に団結しているのだ」という趣旨が全く理解され得ないことが良く分かっていませんね。
すみません。いつもの癖で長々と。

さて今回取り上げますのは、米陸軍がWWIIから使用していた、「マップ・ケース」としての呼び名の方が日本ではメジャーかと思われる「M-1938 ディスパッチ・ケース(Case, Canvas, Dispatch, M-1938)」です。

「ディスパッチ(dispatch)」とは急派、急送、伝令等の意を表すもので、本来は伝令兵が各種の書類を運ぶために用いることを想定して作製されたモノだったのでしょうが、伝令に限らず広く書類や地図等を収納・保持するために用いられました。衛生兵がケースのフラップに丸白地の赤十字を描いて衛生資材入れとして使った例もあります。TV映画「コンバット!(COMBAT!)」の中でもドック(のちにはカーター)が肩から下げていましたよね。

↓縦25cm横22cm厚さ最大8cm程です。JIS規格A4用紙を入れることはできますがフラップが閉りません。上4cm程がはみ出ます。軍発行の3つ穴マニュアルが丁度入る大きさです。

コットン・ダック(ズック)製。フラップはLift-the-dot留め。スリングを連結して肩から下げて携行します。フラップの表下部に「U.S.」スタンプ。因みに海軍版(U.S.N.)・海兵隊版(U.S.M.C.)の場合はフラップの表面にはスタンプは無く、フラップの裏面に「U.S.N.」「U.S.M.C.」のスタンプが施されています。

↓フラップを開けました。フラップの肩口からの雨水・砂塵の侵入を防ぐため、「耳」が両側に付いています。小物入れポケットの上にペンホルダーを挟んで両側に定規等入れが設えられています。ポケットの両下端にLift-the-dotの牡ポストが設けられています。



↓フラップの裏側には特に何もありません。先ほど触れましたように、海軍版(U.S.N.)・海兵隊版(U.S.M.C.)の場合はフラップ裏面に「U.S.N.」「U.S.M.C.」のスタンプが施されています。 フラップ留め具のLift-the-dotの牝部品がある部分は補強のためにダック(ズック)生地が2枚合わせになってます。


↓ペンホルダー部を接写。これを入手した時画像の鉛筆が付いて来ました。ペンホルダーの下(内側)のポケットは両下端部が斜めに切り欠かれています。砂塵なんかをここから出せるようになってます。


↓この部分がポケットです。マチはとられていませんが少々厚みのあるものでも入ります。


↓本体部分はダック生地によって3つの部分に分けられています。


↓背面です。上端部のDリンクにスリングを連結して肩から下げて使用する作りです。ドイツ軍のマップケースのようなベルトループはありません。


↓製造者「DES MOINES GLOVE AND MFG. CO」と製造年「1942」のスタンプ。Dリンクにスリングのフックを連結します。海軍(USN)や海兵隊(USMC)用のモノの場合、本体とスリングの連結具の組み合わせが逆になっています。つまり、本体側にフックが付き、スリング側にDリンクが付いています。何故なんでしょうか?分かりません。スリングが無くてもフックをピストルベルト等のアイレット(ハトメ穴)に通してぶら下げることが出来る点で、海軍版・海兵隊版の方がイイと思います。


↓スリングにはショルダーパッドが仕込んであります。スライドさせて位置を調整することが可能です。本体にフルに書類を入れたら結構重くなりますから肩への荷重を少しでも広い範囲に分散させるためのパッドです。紙って結構重いですからね。


↓地図を挟んで保護するインサート。縁が金属で補強され、赤いグリッドが刷られている透明のプラスティック板2枚が、側面で薄いコットンダック生地で繋がれて天地が開いた封筒状になっています。片方のプラ板の短辺部から全体をグルッと覆える長さのコットンダック生地が延びています。プラ板の保護と反射防止のためのモノです。


↓縁はOD色で塗装されたアルミ製。赤いグリッドは2.54mm(1インチ)幅です。この個体、まだ中にプラ板保護の薄いパラフィン紙(硫酸紙かも)が入ったまんまの未使用品です。



↓2枚のプラ板は約15mmのマチ幅があります。



↓こんな風に薄いコットンダック布の一端がプラ板の一端と共に留められて、手前のプラ板と向こうのプラ板をぐるーっとくるんでしまえる長さになってます。


↓ぺちゃんこにするとこの薄さです。


↓こんな風に入れていたのでしょう。(背景の汚さにはどうぞ眼をお瞑り下さい・・・。)


↓背面にはご覧の通り、型崩れ防止のための薄板が入っています。


↓角の部分が擦れてダック生地に穴があいてます。


↓おまけ。この消しゴム付き鉛筆がケースと共に付いて来たのですが、この鉛筆は当時モノでしょうか?当時モノならばとても嬉しいのですが。


いかがでしたでしょうか?
本個体はODシェード#3、いわゆるカーキ色ですが、他の装備品の例と違わず、シェード#7のいわゆるOD色のモノも存在します。
現在オークション等では、「本体+スリング」だと70~80ドルも出せばそこそこのモノが入手できます。中のプラ板インサートは、やや入手難度は高くなります。プラス30ドルは下らないと思います。最近ではかなり質の良いレプリカも出ていますので、サバゲやリエンナクトではそちらを利用しましょうか。
私がこのディスパッチケースを入手したいと思ったきっかけは、大昔コンバットマガジンの巻末にあった、故川越のりとさんが描く兵士イラストにこのディスパッチケースを装備したWWII米陸軍将校のイラストがあって、「いいなぁ、コレ」と思った事でした。でも当時私はまだ高校生で、おいそれと入手出来るほどの財力はありませんでした。実際この個体を入手したのはずっと後のいまからまだホンの10年くらい前だったと思います。eBayで落札しました。

また、この後継モデルである「CASE, MAP AND PHOTOGRAPH(,OD-7)」は、基本的なフォルムはそのままで、縦横のサイズが若干大きくされ(縦33cm横28cm(縦13インチ横11インチ))ペンホルダー下のポケットを無くしてホルダーも少し変わり、フラップ留め具にはスナップボタンが採られました。本体背面の型崩れ防止板は廃されました。FSNは8460-368-4281です。

それでは、またお会いしましょう。さようなら~。



  

Posted by Sgt. Saunders at 08:00Comments(0)米軍(U.S.)装備品(Equipments)

2016年06月05日

ドイツ軍08式ピストル弾 (Pistolenpatrone 08)

こんにちは。お久しぶりです。

梅雨前なのに気温が30度近くまでになったと思ったら、ここ数日は朝晩ちょっと涼しすぎる当地大阪から、原則大体隔週刊という自主目標を安易にかなぐり捨て、「原則があれば例外あり」と、半ば開き直って約1か月ぶりに投稿いたします。昨日大阪も梅雨入りしたんだそうです。

かなぐり捨てる、と言えば、かの総理大臣。必ず消費税増税をおこなって・・・プライマリーバランスを云々・・・とおっしゃっていたのに、「新しい判断」とやらで、要するに公約に違背して、事実をごまかし(ごまかすことが出来たと思っているところがまた彼の凄い所であります)公約不実行を高らかに謳い、開き直っています。


さて今回は久しぶりにドイツ軍モノ、銃器関連モノをお送りします。
今では考えられませんが、10年ほど前くらいは海外からダミーカート(端からダミーとして作られたモノだけでなく、撃発後の撃ち殻薬莢に弾頭を付けたモノも含めて)を購入・輸入するのは特に難しいコトではありませんでした。
米軍の30-06弾の撃ち殻ダミーを輸入した時に「弾薬類に当たるから輸入許可証を見せよ」と税関(外郵出張所)から言われたことがありましたが、「撃ち殻に弾頭を付けただけのモノであり、胴体には穿孔されており、もはや再生不可能ですから云々・・・」と説明したら通してくれました。薬莢への穿孔が無くても通してくれていました。もう15年以上も前のことです。
今回取り上げますカートもそんな頃に輸入したモノなのですが、今でしたら恐らく輸入不可能でしょう。大事にしたいと思います。

現在多くの国(と言うか多くのサブマシンガン、ハンドガン)で使用されている9mmパラべラム(9x19mm)の元祖である、ドイツで開発されWWⅠ以前から使用された「Pistolenpatronen 08(08式ピストル弾)」です。
P-08(ルガー拳銃)やP-38(ワルサー拳銃)、MP-38/40(いわゆる『シュマイザー』短機関銃)で使用されました。開発経緯など概説についてはWikipedia(←クリックすると別ウィンドウが開きます)でご覧ください。私なんかが今更したり顔で説明するには及びません。ここでは省略いたします。

↓1941年製のドイツ軍ピストル弾「Pistolenpatrone 08」の最小梱包です。

↑16発が1つの紙箱に入っています。1箱でP-08拳銃・P-38拳銃のマガジン2個分の弾薬が賄えることになります。MP-38/40のマガジンなら2箱必要です。


↑私の持っているこれら2箱は、箱の糊付けされた部分を封印するような形でラベルが貼られています。書籍やウェブ上では、ラベルが箱の側面に張られているモノの方が多いような気がします。時期によって違うのでしょうか?製造会社による違いなのでしょうか?まだ解明できていません・・・。


↑仕方が無いのでラベルを部分的に切り取る形で見てみましょう。まずラベルの左半分です。


↑右半分です。ラベルは切手や収入印紙のように目打ちされたモノが切り離されて貼付されているのが分かります。上述の、箱の側面に張られているタイプのラベルは縁がストレートにカットされているんですけどね。

↓やっぱり少し見にくいので立てて撮りました。


↑曰く、

16 Pistolenpatr. 08 m.E.(t.)
dou. 133. L. 41
Nz. Stb. P. n/A. (0,8・0,8) rdf 1940 L. 6
Patrh.:dou. 101 L. 41 Gesch.:dou. 8 L. 41(t)
Znh.08:dou. 70. L. 41

↑黒文字は印刷、赤文字スタンプによる表記です。

1行目の「16 Pistolenpatr. 08 m.E.(t.)」は弾薬の種類、タイトルです。
「16」は言わずもがな「16発入り」の意。「Pistolenpatr.」はPistolenpatronen(ピストル弾)の略です。「m.E」 は「mit Eisenkern(鉄芯弾頭)」の略。
最後の「(t.)」は、実は今のところ確証を得てないのですが、8mmモーゼル弾にもある「Tropen」の例に於けると同じで「tropen(熱帯用)」ではないかなと考えております(間違っていたら済みません)。
即ち本個体の名称は「16発入り 08式ピストル弾・鉄芯弾頭・熱帯仕様(?)」です(下線部は推測・未確認ですのでご注意下さい)。

2行目の「dou. 133. L. 41」は製造者とロット番号および製造年です。
「dou.」は製造者「Waffenwerke Brünn A.G., Werk Povaszka Bystrica」の製造者コードです。チェコのブルノ兵器工業の、チェコとの国境に近いスロバキアの都市Povaszka Bystrica(ポヴァスカー・ビストリツァ)の工場の製造者コードです。「133」はロット番号、「L.41」は1941年製の意です。

3行目の「Nz. Stb. P. n/A. (0,8・0,8) rdf 1940 L. 6」は装薬種類と製造者、ロット番号、製造年です。
「Nz. Stb. P. n/A.」は「Nitrozellulose Stäbchen Pulver neuer Art(ニトロセルロース桿状体火薬・新型)」の略です。「桿状」というのは「棒状」と同じ意味です。「(0,8・0,8)」は、この桿状体火薬の寸法「直径0.8mm・長さ0.8mm」を表わします。「rdf」は、製造者「Westfälisch-Anhaltische Sprengstoff A.G. (WASAG)」の、ザクセンにあるラインスドルフ工場の製造者コードです。その後ろ「1940 L.6」は、普通に読めば「ロット番号1940、1936年製造」なのですが、「ロット番号が6で製造が1940年の間違いでは?」と思ってしまいます。

4行目の「Patrh.:dou. 101 L. 41 Gesch.:dou. 8 L. 41(t)」は薬莢と弾丸の製造者、ロット番号、製造年についての表記です。
「Patrh.」は「Patronenhülse(薬莢)」の略、つづく「dou.」は2行目と同じで製造者「Waffenwerke Brünn A.G.,Werk Povaszka Bystrica」の コードです。以下ロット番号が101、1941年製です。その次の「Gesch.」は「Geschoß(弾丸)」の略。「dou. 8 L. 41(t)」は、やはり上記と同じく製造者「Waffenwerke Brünn A.G.,Werk Povaszka Bystrica」のコードと、ロット番号が8、1941年製です。最後の(t)は、1行目と同じく「tropen(熱帯用)」の「t」だと思いますが、どうなんでしょうか。

5行目の「Znh.08:dou. 70. L. 41」は 雷管の製造者、ロット番号、製造年についての表記です。
「Znh.」は「Zündhütchen(雷管)」の略。「Zündhütchen 08」は即ち「08式雷管」の意です。「dou. 70. L. 41」は、やはり上記と同じく製造者「Waffenwerke Brünn A.G.,Werk Povaszka Bystrica」のコードと、ロット番号が70、1941年製の意です。

↓封印を破ってフタを開けると…、


↓16発のカートが紙で仕切られて入っています。弾頭が上になっているのと下になっているのが交互になっていますが、これは前オーナーから譲り受けた時にこうなっていたのを再現しただけで、本来は全て弾頭が下を向いていたと思われます。なぜそう思うのかは後述。

↓カートを全部取り出すとこのような紙製の仕切りがあります。

↓仕切りを取り出しました(右下)。仕切りはクネクネとS字型に連続して曲げられたものの真ん中に一本真っ直ぐな帯を通した造りです。箱の底面に弾頭が擦れて出来た黒ずみがあるのが、先ほど本来は全て弾頭が下を向ける形でカートが収まっていたと思われる根拠です。


↓箱の底面2辺にはブリキ?製の小さな補強具があります。何て言う名称なんでしょうか?上梓直前に未撮影であることに気づき急遽スマホで撮りましたので、サイズ違いですみません。


↓これも撮影を忘れていて急遽スマホで。箱そのものへの刻印・エンボスは、この「41」のみ確認できます。「1941年製」の意です。私の持っている2箱のうち傷みの酷い方にだけにあり、今まで見て参りました傷みの少ない方にはありません。ラベルに隠れてしまっているのでしょうか。

ネットで調べると、年代のほか製造者のロゴの刻印がある例も多くあります。

↓カートを取り出す前の状態へ戻ります。薬莢底面の刻印と弾頭が見えます。

真ん中の雷管(プライマー)の凹みは撃発痕ですよ。発火済みの証です。もちろん薬莢の中には火薬はありません。撃ち殻薬莢に弾頭をもう一度取り付けたダミー・カートです。くれぐれも誤解なさらないで下さいね。

↓底面の刻印です。先ほど上で見ましたラベル表記の4行目の薬莢についての部分と同じ情報が込められています。

↑12時の位置の「dou.」は製造者「Waffenwerke Brünn A.G.,Werk Povaszka Bystrica」の コード、3時の位置の*印は薬莢の材質が真鍮であることを表すマークです。6時の位置の「101」はロット番号が101であることを示しています。9時の位置の「41」は製造年が1941年であることを示しています。また雷管の周りが群青色で塗られていますが、これはモーゼル弾などと同じくこのカートが「鉄芯弾(m.E)」であることを示しています。

↓鉄芯弾です。


↓当時のオフィシャルな仕様書です。芯であるFlußstahl(軟鋼)の少し細い下半分がWeichblei(軟鉛)で覆われ、さらにそれをFlußstahl tombak pl.(トンバックでコーティングされた軟鋼)で覆っている構造です。底面は覆われていません。軟鉛が剥き出しです。


↓弾頭のみを接写。トンバック・コーティングされているという事なんですが、色目は黒いです。


↓最後に45口径ACP(右)と比較してみました。45口径すなわち11.43mmとの差は2.43mm。弾丸の大きさで2.43mmの違いはやっぱり大きいですね。

これだけを見て考えると、前線に出るときにP-38かM1911A1(ガバメント)のどっちを持って行く?と尋ねられたら、M1911A1を選びそうな気がします。45口径を見慣れているので、9mmはどうしても華奢に見え、頼りなさそうに感じます。実際はそうではないんでしょうね。


いかがでしたでしょうか?
実弾撃ち殻ダミー・カートは、近時製造された「端からダミー」とはやはり趣が違います。もう今後入手するのは難しいと思いますので大事に保存したいと思います。
「実銃はダメだから、せめてアクセサリーを・・・」コレクションの中からのネタでした。

それではまた次回お会いしましょう!