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2014年09月28日

WWⅡU.S. ガバメント用M1916ホルスター(WWⅡU.S. M1916 Pistol Holster)

こんにちは。
当地大阪は日向ではちょっと暑く、日陰にいるとちょうど良い、絶好の運動会日和となりました。今朝方はひんやりした空気の中にご近所の金木犀が放つ芳しい香りがやわらかく漂っておりました。

さて今回は、前回のM1911(M1911A1)45口径自動拳銃(通称ガバメント)用マガジン・パウチと同様、ガバメントと密接に関係のある「ホルスター」についてです。
密接に関係があると申しましたが、密接と言うかこれが無いと携帯所持できないので「一心同体」と言えましょうか。

↓M1916ホルスター。照明の影に入ってしまい、すみません。ガスガンを収めています。

色は茶色(褐色)で、WWⅠ時代より以前から続く伝統的なアメリカ陸軍の革装備品と同じ色目です。とは言え、革製品の宿命で、もっと黒ずむこともあります。

↓ガバメントを並べました。

その昔TV映画「COMBAT!」のサンダース軍曹を見てこのホルスターを是非とも入手したいと思いましたが、当時はまだ高校生で可処分所得(小遣い)は少なく、已むなく中田商店製のレプリカを買ったのを思い出しました。

↓フラップには楕円の中にUSのエンボス。メーカーによって楕円の形やUSの書体に微妙な若干の差異があります。フラップの固定はスタッドにフラップの穴を引っ掛けるだけという簡単な仕組みです。


↓裏面。ピストル・ベルトやカートリッジ・ベルトの下部に設けられたハトメ穴に通してぶら下げるためのダブル・フック・ワイヤー・ハンガーが上端に見えます。また、トラウザース用ベルトのような細身のベルトに通して使うための縦スリットも設けられています。


↓拡大しました。


↓更に拡大。大体のM1916ホルスターは、この部分にメーカー名と製造年が刻印されています。

1942年BOYT社製です(Boyt Harness Company、アイオワ州 デモイン(Des Moines)に今もあります)。ほか、全部で17社程が製造したそうです。

↓真上から見た図。ダブル・フック・ワイヤー・ハンガーをピストル・ベルトに吊り下げた上で、ホルスター本体と吊具とのすき間にナイフを挿すのが空挺隊員の間で広く見られたとのことですが、ひと工夫しないとキツくて無理です(後述の、内部のスぺーサーを抜く、など)。


↓フラップを開けました。表のUSエンボスの陰がくっきり見えます。「谷折り」の浅い掘り込み溝が見えますが、フラップの折れ曲がる位置からは離れていてあまり意味がなさそうです。


↓中を覗きます。銃をしっかりホールドするためのスペーサーが仕込まれています。中は木製のブロックです。


↓拡大。銃の幅(厚さ)が小さくなるトリガー後方からフレーム前端までの部分とホルスターとのクリアランスを埋めるようになっています。


↓一番下には「底」があります。銃の先端部が奥まで入りやすいようホルスター下端の形状を筒状に保つための細工です。真ん中の穴は水抜きのためのもので、その前後(画像では上下)にあるのは、この底パーツを構成する革2枚を裏面同士で重ね合わせて固定している、緑青の生えたリベットです。


↓ホルスター下端は若干厚めの革が挟みこまれて縫い合わされています。そういえばこの「挟み革」の役割は何?と調べましたが、手持ちの資料では分かりませんでした。

私なりの推論は以下の通りです(一文が長いのでご注意)。
↓この画像にも写っているホルスター下端部のハトメ穴は、これに紐を通してホルスターを太腿に固定するのにも使われましたが、このハトメ穴には水抜きの役割が課せられており、そのため、穴より低い所に空間があるとそこに水が溜まってしまってその役割を達せられない訳で、ハトメ穴の位置は水が溜まるであろう部分の一番「底」であらねばならず、とは言えハトメと縫合ステッチ部分との間にはどうしても一定の間隔が生じざるを得ず、この「挟み革」の上端が「底」となるようにハトメ穴下端の位置に合わせるようにしてホルスター本体下端部に挟み込んだのではないか…というものです。いかがでしょうか?



以上駆け足で見てまいりました。
上述の中田商店製レプリカには内部のスぺーサーは無く、「底」部品もありませんでしたが外見は必要十分でとてもコストパフォーマンスの良いモノでした。今でも販売は続いているのでしょうか?

このM1916ホルスターは、時代が下って1950年代には黒革で作られるようになりました(M1と改名も)。もともと茶色であったモノを兵士個人で黒く染めて使う例もありましたので、例えば「1944年製なのに色が黒」というモノがあってもおかしくありませんのでご注意下さい。

今回はこの辺で。それでは、また……。


  

Posted by Sgt. Saunders at 11:55Comments(0)米軍(U.S.)Fire arms-RelatedHolsters

2014年09月21日

ガバメント用マガジン・ポケット(パウチ)あれこれ(続き)(Pistol Magazine Pocket(Cont.))

こんにちは。
当地大阪に住まう者としては本当にいい季節になりました。ずっとこんな季節なら電気代やガス代が低くて済むのになぁと思います。
皆さんの処はいかがですか?

さて前回は記事編集がはかどらず、止むなく途中で切り上げて投稿してしまいました。今回はその続きです。

↓まずはこの画像(前回分の再掲)を。

年代順に右上の①から④までについて前回見ました。WWⅠ以前の「M-1912」から1980年代頃まで使用された、ガバメント用のマガジン・ポケットです。

↓続きの⑤から。

④と同じ、「M-1923」のODバージョンです。ただ、「U.S.」ではなく「US」と、「.(ピリオド)」がありません。また、字体がゴシック体なので、まずこれらの特徴でWWⅡ時の製造分ではないとの判断ができます。

↓裏面。

下半分に色々表記がありますが、判然としません。

↓ピストルベルト等へ装着・固定するための凸スナップの裏側の拡大。

「RAU FASTENER CO.   R.I.」の表記。このメーカーは色んな留め金具を製造しており、皆さんも良く見かけると思います。ロードアイランド州プロヴィデンスにありましたが、1996年、同じファスナー・メーカーであるScovill社により買収されました。Scovill社もジャケットやトラウザースなどのジッパー・ファスナーのメーカーとして良く知られていますね。

↓裏面のスタンプ表記部分を拡大しました。

「POCKET, MAGAZINE
DOUBLE WEB, ENLISTED
MEN'S, M-1923」
までは何とか読めますが、その下は明らかにWWⅡ時のストック・ナンバーである「72-P-168」とは異なっており、また一番下の行は「8465-***-****」と8465で始まる数列に見え、恐らく11桁の「FSN(Federal Stock Number=連邦備品番号とでも訳しましょうか)」だと思います。「8465」は「FSN」の始めの4桁の数「FSC(Federal Supply Code=連邦補給コードとでも訳しましょうか)」で、個人装備を意味します。スタンプがクリアなモノを入手して確かめないと確信が持てませんが。
また、WWⅡ時のストック・ナンバーと並んで別のストック・ナンバーが併記されている(メーカー名や年月の表記も)モノも見たことがありますが、手許にありません…。

↓当ブログでたびたび出てきます「Quartermaster Supply Catalog Section 1 - Enlisted Men's Clothing and Equipment」の「BELTS & SUSPENDERS」の項のページです。

左端のモノが「M-1923」です。このカタログ上の表記は「EM」ですが、スタンプでは「ENLISTED MEN'S」になっています。「兵・下士官」の意であるのはご存じのとおりです。でもこのポケット、将校も装備していましたが…。

↓フラップを開けました。④と同じです。


↓「Lift the dot」の拡大。「KliKiT☆PULL」は前述の「RAU FASTENER CO.」の商標です(☆は画像でもお分かりのように六光星です)。


↓その裏側。製造者「RAU FASTENER CO.」「PROVIDENCE R.I.」の表記。


↓Lift The Dotの雄部品。④と同じです。


↓横からの図。裏側は輪状になっています。ピストルベルト等をここに通し、見えている凸スナップをベルトの凹スナップに留めて固定します。


↓最後は⑥です。

表面は⑤と同じです。OD色ですが、色味は若干緑が強いです。

↓裏面です。①から⑤までとは激変してます。

ベルトへの装着・固定方法が、ベルト・ループとスナップによる方法から、M1956 Load Carrying System、いわゆるM1956装備から制式採用された「スライド・キーパー(slide keeper)」に変わりました。

↓裏面上部のスタンプ表記。

「POCKET, AMMUNITION
MAGAZINE, ENLISTED
MEN'S, M-1923
CONT. NO. 8(?)123
8465-782-2239」←画像ではうまく写っていませんが、現物で確認できました。

上掲の「Quartermaster Supply Catalog Section 1 - Enlisted Men's Clothing and Equipment」での制式名称
「POCKET, MAGAZINE
DOUBLE WEB, EM, M-1923」
とは若干異なっています。

上の⑤と並び、このスライド・キーパーの付いた⑥も、裏面の表記には実にさまざまなものがあります。
まず、名称が「POCKET, AMMO, MAG OD7 45CAL」としているモノ、「POCKET, AMMO, MAGAZINE」とするモノなど、もはや「M-1923」の文字が無いモノも。
ナンバー類では「CONT. NO. QM*****-***」とか「DSA 100-1957」とか「DSA-1-2335-68-E」、「DSA-100-65-C-****」、「DLA 100-89-****」などなど年代によって非常に沢山のパターンがあります。ガバメントが1980年代まで使われた関係で、70年代後半から80年代に製造された「M-1923」も当然存在するわけですが、私の蒐集対象範囲がヴェトナム戦争までなので、1970年代後半以降の製造分は入手していません。
DSA、DLA、FSN、NSNはキッチリ整理して覚えないと、もう頭がグチャグチャになります。

↓スライド・キーパーです。これによりベルトの好きなところに何時でも後付けできます。⑤以前のものであれば、ベルトのバックルを一旦外して通さなければ(サスペンダーの連結クリップを外してやったりも)装着できませんから随分便利になったと思います。


↓「Lift The Dot」の拡大。⑤と同じ「KlikiT☆PULL」。


↓その裏側も⑤と同じです。


↓Lift The Dotの雄部品。これも④⑤と同じです。


以上細かく見て参りましたが、いかがでしたか?「同じモノ」でもバージョン違いに心動かされるのはコレクターの性。スタンプ違い、部品の細かい違い、素材違い等々これからも翻弄されると思います。個人的には白色のMP用なんかも…とも思いますが、そうすると白いレギンスも、白いM1936ピストル・ベルトも、白いM1ヘルも…となりそうで怖いです。


最後に余談ですが、米軍の弾倉入れの制式名称としては、「pouch」よりも「pocket」が多く使われているようです。「パウチ」は、「ファーストエイドパケット・パウチ」や「ミートカン・パウチ」などに使われていて、ハッキリ言ってどのようなニュアンス違いがあるのか、「パウチ」は袋状のもので「ポケット」は単に「入れ物」ぐらいの意味なのか、などと色々考えましたが良く分かりません。

また、日本では一般的に「マガジン・ポーチ」などと「ポーチ」という語がよく使われますが、これは恐らく「小物入れ」を意味する外来語としての「ポーチ」が、そのまま「弾倉入れ」にも準用された結果だと思います。「pouch」の発音は「パウチ」の方が近く、「ポーチ」と発音すると「porch(縁側)」になってしまいます。「『弾薬縁側』などというシロモノなど無い!」と、むかし彼の菊月俊之先生だったと思いますが、同じようなことをおっしゃられていて、わが意を得たりと一人喜んだ思い出があります。


それでは、また……。


  

2014年09月14日

ガバメント用マガジン・ポケット(パウチ)あれこれ(Pistol Magazine Pocket)

こんにちは。
近所の公園の木々で、ツクツクボウシが一生懸命鳴いています。今朝方7時頃には気温が18度と、朝晩かなり涼しく、日中も快適な良い気温・湿度になって来ました。彼らセミ達にとっての夏も、もう間もなく終わろうとしています。健気に鳴く姿に「あはれ」を感じます。

さて、今回は米軍が70年余りもの間制式採用していた「M1911(A1) 45口径自動拳銃(M1911(A1) Cal. .45 Automatic Pistol)」、通称ガバメント用のマガジンを収める「マガジン・ポケット(パウチ)」について少し触れたいと思います。

↓まずこれをご覧ください。

右上から反時計回りの順番で時代が下ります。説明の都合上番号(①から⑥)を付けました。マガジン2本を収めるスタイルは一貫しています。
↓配置はそのままで裏返しました。

⑥以外は全て裏面に、ピストルベルト等の凹スナップに留めるための凸スナップが付けられています(といっても、その裏側のフラットな面しか見えていませんが)。
以下、①から順に見ていきます。

↓まずは①の「M1912 Pistol Magazine Pocket」。本モデルはフラップの留め具として「Lift-the-Dot」が使われた最初期のモデルです。採用当初はアメリカの国璽の鷲がデザインされた直径1.5cmくらいの円形のスナップボタン(基本構造はブリティッシュメイドのM-1942ファーストエイド・パケット・パウチのスナップボタン(拙稿「ファーストエイドパケット・パウチ(Pouch, First aid Packet)」の終りの方をご参照ください)と同じ)が使われていました。そのスナップも、縁にリム無しのモノ(初期)とリム有りのモノ(後期)の2つのパターンがありました。以上より、本モデルは細かく言えば「M-1912『後期型』」で、リム無しスナップ留めのモデルを「M1912 『初期型』」、リム有りスナップ留めのモデルを「M1912『中期型』」とした方がより「正しい」と言えます。

全面ウェブ製です。ポケット下部のウェブにはフリルが寄せられています。

↓裏面にはピストルベルト等の凹スナップに留めるための凸スナップが付けられています。

上述の、採用初期のフラップ留め具が円形スナップボタンである頃のモノにはまだベルト等への固定用スナップは有りません。その頃はベルトとポケットとは単に通し通されるだけの連結関係でした。資料によればスナップボタンによる連結が採用されたのは1917年頃のようです。

↓フラップを開けました。


↓装備品メーカー「MILLS」社製であることを示すスタンプ等。1918年11月製である旨と、パテントの表示(1907年7月16日、1918年10月22日)。MILLS社は数多くの装備品を製造しており、この「カートリッジの中にMILLSの文字」の商標は他の装備品でも良く見ることができます。

マガジンは1cmほどしか露出していませんので、取り出そうとして指でつまむのに少しもたつきそうです。

↓これを入手した時、デッド・ストックであることを示す「証拠」となる紙片が、このように無造作に折り畳まれて入っていました。


↓取りだして…



↓開きました。

曰く、「―忘れるな― 鉄に付いた水(水分、湿気)は錆を生む。 マガジンにはオイルを塗っておくこと。 もしもマガジン・ポケットが濡れたら最初の機会にマガジンを取り出し、外側と同様に内側を乾かす機会をポケットに与えてやること。  これはマガジンにまつわるトラブルから貴君を救い、ポケットの寿命を伸ばすだろう。」

↓横からの図。後ろ側が輪状になっていて、ピストルベルト等をここに通し、見えている凸スナップをベルトの凹スナップに留めて固定します。


↓次に②です。①と同じ「M1912」の、ポケット下部のフリルなし(簡略化)バージョン。このフリルの有り無しは、スプリングフィールド銃用のカートリッジ・ベルトのポケットにおけると同じですね。


↓裏面に「楕円の中にRUSSELLの文字」と1918年4月製たることを示すスタンプ。RUSSELL社も良く見られるメーカーです。スナップボタンでブチ抜かれてしまっていますが。


↓拡大。あまり近寄ると却って良く分かりませんね。


↓ポケット下部のフリル以外の基本構造は①と同じです。

あとスタンプが裏面にあるかフラップ内側にあるかぐらいの差異しかありません。

↓細かく言えば、この「Lift The Dot」の雄部品の円形のベースプレートが縁以外フラットであるのに対して、上で見た①のモノは凹凸のある何とも厳(いか)めしい感じのモノとなっていることが挙げられます。


↓横からの図も①と同じです。


↓続いて③の「M1918」です。資料によってはM1917とするものもありますが。

①②とは作りが大きく変わりました。ポケット部分はウェブ製ですが、裏側のベルトループ部からフラップ部にかけては目の細かいズック(duck)生地が使われ、その代わり補強のための縁取りが施されています。また、フラップの形状がトンガリ型から円弧型になりました。
この「円弧型・縁取りズック生地フラップ」もスプリングフィールド銃用のカートリッジ・ベルトや、BAR用マガジン・ベルトに見られます。

↓裏面。ベルトとの連結凸スナップボタンの裏側が見えます。


↓フラップを開けました。これもマガジンがほぼすっぽり収まりきってしまって、取り出し難そうな印象を受けます。

①②よりも全体に丈が長いです。

↓拡大。「L.C.C.& CO.社1918年製」のスタンプと、ロットの表示でしょうか「L.C.C.」「52」のスタンプ。


↓横から。①②と同様です。


↓④の「M1923」です。使われる布地は再びウェブ1種類のみになり、フラップ形状もトンガリ型に戻りました。

また、フラップの留め具も「Lift The Dot」1個だけになりました。更に「U.S.」スタンプが新たに加えられました。

↓留め具の拡大。「STAR✡PULL」ブランドです(←正しくはダビデ星ではなく、六光星です)。WWⅡ以降の装備品に良く見られます。


↓裏面。「AVERY」社1942年製です。


↓拡大。


↓フラップを開けます。

マガジンの下部3分の1ほどが露わになるようなポケットの深さ。マガジンが取り出し易くなっています。

↓「Lift The Dot」の雄部品とポスト。マガジンの厚さ分だけ嵩上げしています。


↓横から。①から③と同じです。


すみません。一気に⑥まで行くつもりでしたが、藤子・F・不二雄展へ出かける時間となりましたので、今回はここで一旦終わり、次回⑤から続けます。申し訳ありません。

それでは、また……。

  

2014年09月07日

M3双眼鏡とM17キャリング・ケース(U.S. M3 Binocular & M17 Carrying Case)

日中の気温は30度を切るようになってきました。やっと朝晩は少し涼しくなり、虫の声がやさしく聞こえてくる今日この頃です。みなさまの処はいかがでしょうか?

さて今回は前回のUSJレポートで採り上げた米海軍 マーク33 双眼鏡(U.S. Navy BU. Ships MkXXXIII)からの双眼鏡つながりで、WWⅡ時以降米陸軍で使用されたM3双眼鏡とM17キャリング・ケース(M3 Binocular & M17 Carrying Case)を採り上げます。


↑まずはM3双眼鏡から……、

と、思いましたが、ケースに収まっている状態から取り出しながら見ていく形にします。
↓まず、M17キャリング・ケースから。

この画像では全体のシルエットがかなりきつい逆台形になってますが、これはカメラのレンズのせいです。実際は底へ向かってこれほどはすぼんでいません。

↓蓋上面。革製の握りが設えてあります。蓋を含むケース表面の全体が石目模様になってます。

↓やや小ぶりですが、このようにして掴むことができます。

この握りも本体もレプリカでどこかから売られてますねぇ。やはり消耗が激しいのでしょう。本品ではさほど傷んでいません。

↓更に拡大。「CASE, CARRYING, M17」の文字が刻まれています。


↓蓋の留め具。「LIFT THE DOT」の付いたタブです。


↓更に拡大。他の装備品にも幅広く使われているこの「LIFT THE DOT」、このようにしっかりと「私がLIFT THE DOTだぞ」と表記されているモノもあります。


↓側面から。ケースはストラップで首や肩掛けすることもできます。そのストラップはケース本体左右側面に各2つ、合計で4つ設えられたループを通ってケースを支えます。


↓反対側の側面。画像左方で指が触れているのは、ケース背面に設えられたベルト・ループ。蓋の握りで手提げもでき、ストラップで首・肩掛けもでき、ベルト・ループにベルトを通して腰付けにして携行することもできるという造りです。


↓ケース本体の背面と底面。ベルト・ループの下端は3つのリベット留め。また底部には側面にあるような、ストラップが通るループはありません。


↓首・肩掛け用ストラップの詳細。ベルトの幅は約15mm、厚みは約2.5mm。黒染めの真鍮製バックルで長さを調節できます。ストラップの全長は約193cm。一番長くなるように調節した場合の有効最大長は約188cm。一番短くした時の長さは約158cm。調節のためのストラップにあけられた穴の数は11個で、穴の間隔は約33mm。


調節した結果余るストラップを束ねる革ループは2個です。

↓蓋をあけると、それまで隠れていた本体正面上端部に「D44160」の刻印が。この品のドローイング・ナンバーです。


↓蓋を開けます。

対物レンズが当たる蓋の裏側は、薄い革の下に薄くクッション材(綿?よく分かりません)が入ったような手触りです。

↓蓋の内側の縁部分に刻印。


↓拡大。「WESTINGHOUSE」と製造者名が刻まれています。


↓蓋は先ほど見た背面にあるベルト・ループの上端にリベットで留められています。


↓内側から見る。4つのリベットで留まっています。


↓あらためて双眼鏡が収まっているところを真上から。


↓本体内側はフェルトで内張りされています。

これでケースについては終わりです。続いてやっと双眼鏡へ…。

↓M3双眼鏡です。首に掛けるための革ストラップが付きます。


軍用の双眼鏡でなくても備えている機能などについてもいちいち触れますが、ウザいと思わずお付き合いください。

↓使用者個々人の両眼の間隔に合わせられるよう、真ん中のヒンジを支点にして両眼の接眼レンズのなす角度の大小を調節することができます。
画像は一番両眼の間隔を短くしたところ。両眼間隔(56mmから74mm)を示す目盛り(Interpupillary scale)が打ってあります。因みに私は「70mm」位がちょうどよい感じです。↓


↓左の接眼レンズ側を見る。制式名称「BINOCULAR M3」と、倍率×対物レンズ径「6×30」の表示。


↓左の接眼レンズの方にレティクルが入っています。

レティクルは、視野の下の方に1本水平方向に引かれ、中心から左右に50ミルずつ10ミル間隔の目盛りが5つずつあります(一の桁は省略して1,2,3,4,5となってます)。利便性向上のため、中心部分に上方向に2本、左端部分に上方向に4本、5ミル毎の小さい横線の目盛りがあります。垂直のレティクルが右側30ミルの処にあり、1目盛りが100ヤード毎にあり、1800ヤードの処で水平レティクルと交差しています。長距離間接砲撃と不可視目標砲撃時に使います(TM9-575 「AUXILIARY FIRE-CONTROL INSTRUMENTS (FIELD GLASSES, EYEGLASSES, TELESCOPES AND WATCHES) 1942年5月4日版 パラグラフ2(3)のマル写し翻訳です… )。

↓右の接眼レンズ側。製造者「WESTINGHOUSE」と製造年「1943」。製造者は他にもNash-Kelvinator、Bausch & Lomb、 Universal Camera corp.、Wollensak がありました。

あと、「H.M.R.」が何の略で何を意味しているか、実はまだ未解明です。今般いろいろ調べましたが、明確な結論を出すに至っておりません。陸軍が納品を受けた民間会社からの軍需品を検査するような部署の略(Headquarters Maintenance Requirement、Headquarters Modification Request など)であるとか、もしくは"High Moisture Resistance"(高防水性)の略だとする説等々あって、どれが正しいのか分かりません。今後調べを続けます。

↓接眼レンズのアイ・ピースは硬いプラ製です。ゴム製ではありません。

ジオプトリー調整目盛りとインジケーターが見えます。一段太くなっている焦点リングを回して調節します。

↓ネック・ストラップと取付用のループ。このストラップは長さの調節は出来ません。


↓拡大。取付用の部品は真鍮のスタッド型ボタン。ストラップに開けられたスリットは片方に2つずつです。


↓ストラップの幅は約9mm。


↓以下、寸法の分かる画像です。




かなりコンパクトだと思います。

以上駆け足で見てまいりましたが、如何でしたでしょうか?
附け加えですが、双眼鏡自体やケースを陸軍が組織的にOD色にペイントした例がありますので、そのようなモノも決して粗末に扱わないでください。

「H.M.R.」の謎(知らないのは私だけだったりして)を今後も追究していくことを課題として参ります。

今回はこの辺で。それでは、また……。(今回も遅刻投稿でした・・・・・)



  

Posted by Sgt. Saunders at 16:01Comments(0)米軍(U.S.)Binoculars