プロフィール
Sgt. Saunders
Sgt. Saunders
少ない軍資金でコツコツ集めてウン十余年。
基本はWWⅡUS陸軍歩兵科です。US​WWⅠ​モノ、朝鮮戦争モノ、ヴェトナム戦争モノ、WWⅡドイツ軍モノ、大日本帝国海・陸軍モノにもチョロチョロ手を出す癖アリ。
また軍用銃、特にWWⅠ以降のUS・ドイツのものに深い興味があります。
Have been interested in the equipments of U.S. infantryman, heavy emphasis on WW2. Also in those of The Third Reich and military small arms.
好きなTV映画(My favorite TV movies):COMBAT! 、OK捕虜収容所(Hogan's Heroes)、特攻・ギャリソンゴリラ(Garrison's Gorillas)、ラット・パトロール(The Rat Patrol)、M*A*S*H、頭上の敵機(爆撃命令)(12 O'clock High)、0011ナポレオン・ソロ(The Man from U.N.C.L.E.)、バンド・オブ・ブラザース(The Band Of Brothers)など。
好きな映画(My favorite films):チャップリンの独裁者(The Dictator)、プライベート・ライアン(saving private ryan)、フューリー(Fury)など。
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2019年06月23日

アクセス数について考える、のココロ(Top 10 Most Popular Articles)

みなさん、こんにちは。
梅雨入り宣言が平年よりかなり遅れております大阪より約一か月ぶりにお届けします。

本ブログ「蒐集徒然草(しゅうしゅうつれづれぐさ)」を始めて、もうカレコレ6年が経とうとしております。
初投稿は2013年8月11日で、最初の投稿記事のタイトルは「BROWNING MACHINEGUN U.S. CAL..30 M1919A4」でした。念願だったM1919A4を無可動(不稼働)実銃という形で手に入れることが出来た嬉しさを他の同好の士の方にも知って欲しい一心で、初めてコレクションを世に晒したのが私のミリブロ初投稿でした。
それより前から、米軍やドイツ軍など各国軍のコレクションをなさっておられる方々のHPを拝見しておりましたら、自分のコレクションを振り返って見つめ直しつつ、回顧録のようなものを綴れたら面白いかなと思い、HP作成よりかはブログの方が気楽に続けられそうでしたので始めたのが発端です。
もう6年が経とうとしていると知り、そんなに長く続いているのかと思うと感慨深いです。

前回の記事で投稿記事累計数が135になりました。各記事へのアクセス数については、古い記事の方が新しい記事よりも相対的に多くなりそうではありますけれども、いわゆるアクセス数ランキングを見た場合、記事が古ければ古いほどアクセス累計が必ず多くなる訳ではありません。初めから当ブログへ直接お越しになられる方のほか、GoogleやYahoo!検索などで特定の語句を検索した結果期せずしてこちらへお越しになられる方も多くおられる訳でして、世の人々の関心のある語句が当ブログの記事中の語句・タグとマッチすれば記事の新旧を問わず、アクセス数は伸びる結果となります。畢竟皆様の関心のある語句が何であるかが各記事のアクセス数にじわじわと現れるという事になります。
そこで今回は、投稿管理画面で分かる「人気記事上位100」から、更に上位10記事を取り出して見てみることとします。


まず第10位は「B.A.R.のマガジン(The magazine for BAR M1918) 」(2014/04/13) です。

「実銃は持てないので、せめてアクセサリーを...」という一心からマガジンやダミー・カートを蒐めてきました。このBARのマガジンを入手した当時はまだ今ほど輸入規制が厳しくなく、一度に大量に輸入するなどでなければ呼び出し状が来ることはありませんでした。もう10年以上も前の事です。最近はマガジンの入手が厳しくなって、個人輸入の道はほぼ閉ざされてると言っても過言ではありません。今あるモノの保存・維持が重要です。

第9位は「マークⅠ トレンチ・ナイフ(U.S. Mark ⅠTrench Knife)」)(2014/07/27) です。

この記事はジョークです。個人輸入は不可能なダブル・エッジのナイフを入手した―!とぶち上げて、実はミニチュアのレター・ナイフでしたーという、真面目にトレンチ・ナイフの情報を得ようとお越しになられた方にとっては全く失望モノで、申し訳ございませんでした。レプリカのフルサイズのトレンチ・ナイフが販売されていますが、価格がもうちょっと抑えられないものでしょうか。プラモデルでもいいのでシースも含めて3,000円程でどこかのメーカーから出してくれないかなと思います。大昔LSがプラモデルでM7銃剣を出していましたよね。LS倒産後アリイさんが旧金型を活用してしばらくは販売が続いていました。同じようにどこかのプラモデルメーカーが出してくれることを祈ります。いまアメリカのIMA(International Miitary Antiques)でインド製のそこそこいい出来のレプリカが売ってるんですけど、「海外へは発送できません」との非情な答えしか返って来ません。

第8位は「M1カービン用15連マガジン(15 rounds magazine for US M1 Caribine) 」(2014/02/02)です。

これも近時個人輸入が非常に困難な「銃器関連モノ」の記事です。米軍がWWII中に元々はピストルに替わるものとして開発され採用されたM1カービンでしたが、ライフルよりは軽快でありながらピストルよりは射程が長いというコンセプトに基づくモノであり、攻撃・防御両面で使えるとして好評だったそうです。一部の戦記では威力不足を指摘されていますが、トータルバランスで見ればそれ相当の役割は果たせていたのだなと思います。第10位の記事のB.A.Rや、このM1カービン用のマガジンも含め、私のマガジン・コレクションはただ蒐めるだけでなく、「身に着けたマガジン・パウチを満たして悦に入る」という目的に重きを置いて現在に至っておりますので、例えばコスプレを楽しむときには、マガジン・パウチには適当な詰め物ではなく、やはり実物マガジンを詰めたいところで、数が多く集まれば集まるほど嬉しいです。「数」の次に初めて「メーカー」への関心が生まれます。


第7位は「WWⅡU.S. 2バックル・ブーツ(WWⅡU.S. Buckle Boots) 」(2016/01/31)です。

このブーツが開発される前はサービス・シューズ(所謂アンクル・ブーツ)とレギンスの組み合わせが一般的な米軍歩兵でありました。WWII中にこれが採用され、より機能的・近代的になったという意味で多少は見栄えがアップしたように思います。
靴・ブーツの類は良い状態で残っているモノが少ないですね。戦闘用の軍装の中では、やはり靴は一番消耗が激しいモノでしょうから無理もありませんか。そんな中でこの記事で採り上げた現品は比較的程度が良い状態で入手できたモノでした。他に長年形が崩れたままで保存されていて革がかなり硬化していたモノ、底が擦り減りきってしまっているモノ、この記事のモノより若干使い込まれているモノの3足を持ってます。それぞれを入手した後に、より程度のいいモノに出会いますと、財政の許す範囲で贖って参りました。身に着けて楽しむ派の私としてはサイズも重要な見定めポイントになるのですが、サイズと程度の両方とも良いモノに巡り合える確率は少なくなってきました。元より日本人の足の幅は欧米人より広めで、私の場合は最低でも「D」幅は欲しいところ、「A」とか「B」、「C」なんかはアメリカ軍人に多いのか、結構出物があったりするのですが、「D」「E」は元々絶対数が少ないようで苦労します。


第6位は「Model of 1917銃剣とM1917鞘(M1917 Bayonet & Scabbard) 」(2014/07/21)。

銃砲刀剣類所持等取締法により、「刃渡り15センチメートル以上の刀、やり及びなぎなた、刃渡り5.5センチメートル以上の剣…」を所持するためには都道府県公安委員会の許可が必要である日本国内では、「美術品として価値のある」モノでない限り、刀剣類銃剣類の所持は実質不可能です。なのでこの記事の中に出てきたModel of 1917銃剣のように非鉄金属で作られたレプリカで我慢するか、刀身を15cm以下の長さになるように切断された銃剣で我慢するか、教育委員会の委員に「これは美術品的価値のあるモノだ」と思わせるように仕向けるしかありません。日本軍の軍刀の一部は「日本刀」としての価値のあるモノとしてキチンと登録証を取れば所持可能ですが、工業製品的レベルで大量生産された米軍の銃剣などは登録される可能性は残念ながらありません。せめて鞘(スキャバード)だけでも...と幾つかを蒐集してきましたが、やはり刀身カットの無い銃剣をコレクションしたいですね。しかし実際博物館に展示されている銃剣(日本軍のゴンボ剣でしたが)の、その薄く油を纏った刀身がギラリと黒光りするのを見た時、銃器とは異なる「殺傷道具としての凄み」を感じました。銃器の場合は飛翔した弾が言わば「間接的」に殺傷効果を及ぼすのに対し、銃剣の場合は、それを手にする者が相手を「直接的」に殺傷するモノだと感じましたね。なんだか軽々しく「銃剣をコレクションしたい」などと思うのはどうなんだろうと考えさせられる経験でした。

第5位は「ERDL迷彩・USMC・ジャングル・ファティーグ(ERDL Tropical Coat) 」(2015/11/22) です。

ヴェトナム戦争期の軍装(戦闘用の)はと言えば、所謂ジャングル・ファティーグとOG107サテン・シャツ(ジャケット)を想起しますが、一般的なジャングル・ファティーグに加えて、その迷彩版であるこのERDL迷彩ジャングル・ファティーグを一時期無節操に入手し続けた頃がありました。「コレクション」でもありながら普段着使いもできると踏んでこのERDLファティーグを購入し、実際に着用しています。適度な色褪せ・「ヤレ感」のある方が、新品デッドストックのような綺麗なものよりしっくり着用できる気がします。グリーン・リーフ、ブラウン・リーフの別で言えば明るい印象のグリーン・リーフの方が好きです。現在でもまだ流通量も多く、価格はお店によってピンキリですが比較的入手はし易いです。最近はラベルの内容まで精巧に(巧妙に、と言うべきか)再現され非常に良くできたレプリカが出回っていて、レプリカでも何でもファッションとして着るんだからいいやという方には良いことでしょうけれども、「コレクター」にとっては憂慮される事となります。一昔前なら製造者名は出鱈目なモノにするなどしてレプリカが作られていたので「実物」との見分けも容易でしたが、近時は当時モノのラベル内容が完コピされるなど、最早レプリカと言うよりはフェイクと言えるモノが続々と出現しています。


第4位は「M8とM8A1スキャバード(M8 Scabbard, M8A1 Scabbard) 」(2013/08/24) です。

この記事も所持の禁じられている銃剣本体(バイヨネット)の方を本来は主役にしたかったのですが、哀れ刀身はカットされ、とてもその痛々しい姿はあまり世にさらけ出したくないですね。で、スキャバード(シース・鞘)を主役に仕立てた記事になったのでありました。M8A1シースは最近はあまり見なくなりましたが、アメリカのeBayなんかでは$20も出せばそこそこいいモノが手に入ります。M7銃剣とのセットでも$60前後で入手可能です。M8はやっぱり数が少ないのか、目にする機会がM8A1よりも少ないです。記事にも書きましたがダブル・フック・ワイヤ・ハンガーの無い出始めの頃のM8はとても希少です。見たら購入しておきましょう。


第3位は「M-1956 コンバット・フィールドパック(US M-1956 Combat Field Pack) 」(2015/08/23)です。

私が蒐集を始めた頃はヴェトナム戦争モノはまだ多くが「サープラス」で、流通量も多く、価格がお手頃でした。まあ今でも程度によっては求めやすいモノも多いですが、しかし、ヴェトナム戦争終結から既に40年余り経ち、「サープラス」から「ヴィンテージ」の域に入ろうかという所で年々価格は高騰しています。この記事の次の回の記事でM1956の後継である「M-1961コンバット・フィールドパック」を採り上げてまして、そのM1961パックは高校生時代に通学鞄として愛用しておりました。バッグ類に限らず、実用できるコレクションは購入費用を自腹とせずに必要経費として家計から費用支出して貰えるように細工できるケースが多いので良いです。


第2位に「大日本帝国海軍短剣(Imperial Japanese Naval Dagger) 」(2014/12/28)が入りました。

私の蒐集対象は米軍歩兵科一般兵士装備品、とりわけWWIIモノがその中心で、その蒐集遍歴から綴る当ブログの記事のアクセス数の上位第2位が、何と「寄り道コレクション」であるこの「大日本帝国海軍短剣」になろうとは全く意外でした。
この海軍短剣には日本人の芸の細かさが集約されていると思いまして、もちろんその仕上げによって価格もピンからキリまであるのですけれども、まあまあ財政の許す範囲でこれを贖いました。海軍短剣に限らず旧軍の刀剣類には「美術品として価値のある刀剣類」として教育委員会の審査を受け、登録を受けることにより所持・譲渡・相続を認められるようになるケースが多くあります。「登録証」の付いたものでしたら所持許可証などは必要無く自由に所持できます(所有者変更届の提出は必要)。記事中の写真は、私の撮影技術が未熟なためにその美しさが100%再現されていませんでお詫びするしかありません。


そして栄えある(?)第1位は「WWⅡU.S. ガバメント用M1916ホルスター(WWⅡU.S. M1916 Pistol Holster) 」(2014/09/28)です。

(この記事の写真だけ大きいのは「第1位」だからではありません。この頃の記事から画像のサイズを大きくしていったからです。)
日本におけるサバゲ―の黎明期に、たまたま十余回目かの再放送で観たTV映画COMBAT!のサンダース軍曹の姿を見て、サバゲ―のコスチュームの一つとしてこのホルスターを欲しがっていましたが、今ほど入手チャンネルは多く無い頃、ましてや可処分所得の乏しい高校生にとっては当時のこのホルスターの市場価格を簡単に用意することは能わず、仕方なく彼の中田商店が良心的に売り出してくれていたレプリカのM1916ホルスターで我慢しておりました。
この記事のアクセス数が多いのはタグに「WWII」という大雑把な語句を入れたからだけではないと思います。「WWII」で検索すればそれこそ膨大な検索結果に埋もれてしまいます。因みに「WWII  ホルスター  M1916」の語句で検索を掛けると、Yahoo!、Googleともに4番目に当記事が挙がってきました。


検索に引っ掛かるためのタグの選定によってヒット結果に差が出るのは当然です。現在当ブログは私の思うがままに書き連ねているもので、もしこれが何らかの形で世の役に立つことになれば是幸いで、その意味においてWikipediaには到底及びませんが、少しでも参考になればとなるべく的確な検索結果に繋がるようなタグ付けをしているつもりです。
アフィリエートには今のところ関心がありませんので、アクセス数は単純にどのくらいの人が見に来て下さったのかなーという事を知るためだけのモノですのでいたずらにアクセス数を稼ぐ必要はありません。これからも好き勝手に書き連ねて参りますのでよろしくお願い申し上げます。


それでは今回はこの辺で失礼します。さようなら。


  

Posted by Sgt. Saunders at 12:05Comments(0)無題

2019年05月19日

「グレネードと信号弾」(GRENADES AND PYROTECHNIC SIGNALS)

みなさん、こんにちは。
ゴールデンウィークの最終日の朝からどうも体調がすぐれず、「風邪?インフル?」と素人診断に基づいてパイロンPL顆粒を服用し、1週間ほどで症状は落ち着きましたが喉・鼻がまだ何かすっきりしません。
平年よりもやや気温の高い日の続く大阪から、そろそろエアコンフィルターの掃除をしておかないと急に暑くなった時に慌てないといけないなぁと思いつつ、前回の投稿から3週間振りにお送りします。

さて今回お届けするのは久々に紙モノです。
アメリカ陸軍の1969年12月16日付発行のField Manual(FM)23-30 「GRENADES AND PYROTECHNIC SIGNALS(グレネードと火工術信号(つまり信号弾))」です。それ以前に既に同じ「FM 23-30」として1959年10月28日に発行されていた同じ番号のFMを更改・再編集されて作られました。もっと遡ればFM 23-30 「Grenade」にまで行き着きますが。


↓表紙です。リプリントではなくオリジナルです。この時期くらい以降のモノであればリプリントでなくオリジナルが比較的廉価で入手可能なケースが多いです。



↓目次です。手榴弾、手榴弾トレーニング、ライフル・グレネードとアクセサリー、ライフル・グレネード・トレーニング、地上信号弾などのチャプターに分かれています。


↓全ページ全項目について触れていく訳には参りませんのでココは!という所だけピックアップして見ていきます。まずヒューズとセイフティ・クリップについての図とM30訓練用手榴弾が目に入ります。WWII時代のMk2グレネードにはまだ無かった安全クリップが見えます。

ヒューズについては、Mk2、M26、M26A1破片手榴弾用のM204A1やM204A2ヒューズ、Mk3A2攻撃手榴弾やM34 WP(白リン)発煙手榴弾用のM206A2ヒューズ、M33(のちのM67の祖先)破片手榴弾用のM213ヒューズ、M56破片手榴弾用のM215ヒューズ、M57、M59(M33A1)破片手榴弾用のM217インパクト・デトネート(衝撃爆発)ヒューズ、M6やM7等の暴動鎮圧手榴弾やAN-M8 HC 発煙手榴弾、AN-M14 TH3サーメート焼夷手榴弾用のM201A1ヒューズ等についての説明が続きます。

↓続いて破片手榴弾としてMk2から始まり、M26、…


↓M26A1、M56、M57、M33、M59(M33にM217インパクト・デトネート・ヒューズを付けたM33A1の、のちの呼称)と、説明と合わせてイラストによる図説があります。


↓化学発煙手榴弾もM34 WP(White Phosphorous(白リン)、AN-M8 HC(Hydrochloric)(塩化水素)発煙手榴弾、M18発煙手榴弾についても説明・図説があります。また、催涙ガスとしてよく知られているCNガス(chloroacetophenone:クロロアセトフェノン)や、アダムサイトという名称で知られる催吐剤であるDMガス(diphenylaminechlorarsine:ジフェニルアミンクロルアルシン)を使った暴動鎮圧用のM6 CN-DM、M6A1 CN-DM、M7 CN、M7A1 CN、CNガスより更に催涙効果が強く灼熱感や鼻汁、涙の流出等を惹き起こさせるCSガス(2-chlorobenzylidenemalononitrile:クロロベンジリデンマロノニトリル)を用いたABC-M7A2、ABC-M7A3、3種混合のABC-M25A1、ABC-25A2について説明されています。


↓特殊用途手榴弾としてAN-M14 TH3(サーメート)焼夷手榴弾、M26系の訓練用であるM30訓練用手榴弾、Mk1照明手榴弾、Mk3A2攻撃手榴弾が説明されています。


↓続いては手榴弾のトレーニングについて。握り方、投げ方、投擲姿勢、運搬方法、取扱い上の注意点・チェックポイント等について触れています。


↓次いで各種の教練コースについて触れられており、まず基礎的なモノとしての「距離・正確性コース」から始まり…、


↓「襲撃技能コース(原語がassault quaification courseで、日本語に訳しにくいです)」を経て「習熟コース(familiarization course)」、「確信コース(confidence course)」、時間遅延ヒューズやインパクト・ヒューズを用いる手榴弾の使用を習得する「クック-オフ・インパクト コース」に至ります。


↓ライフル・グレネードの章から。「現役軍の制式ライフルはM14、M16A1ライフルとなっているが、M1ライフル(ガーランド)も予備役や同盟軍で今も尚使用されていることからM1ライフルのアクセサリーについての情報もこのマニュアルの中に含める。」としてM7A3グレネード・ローンチャー(画像の①)の説明から入ります。次いで②のM14ライフル用のM76グレネード・ローンチャー、③のM16/M16A1用のグレネード・リテイナー・スプリングについての説明が続きます。


↓ライフル・グレネード用の専用カートリッジについて。画像左側の①がM1ライフル用のM3、②がM14ライフル用のM64、③がM16/M16A1用のM195。また画像右側ではM14ライフルに装着したM15グレネード・ローンチャー・サイトの図とそのピープ・サイトについての説明図。M15グレネード・ローンチャー・サイト(←クリックで過去記事が別ウィンドウで開きます)はWWII時代に既にM1カービン、M1ライフル、M1903/M1903A1/M1903A3ライフル用に開発されていました。時代を経てM14ライフルにも利用されることになりましたが、M16/M16A1用には使えません。M16/M16A1も当初はM14ライフルまでと同じように銃身の先にグレネードを挿して、専用カートリッジの燃焼ガスによる推進力を用いて発射するスタイルで、先ほど触れたグレネード・リテイナー・スプリングを使ってライフル・グレネードを発射できるようにしていましたが、専用のサイトはこのマニュアルが発行された時点では存在しませんでした。のちにライフルの銃身を使って榴弾を飛ばす「ライフル・グレネード」という概念から決別し、銃身とは別個独立した形でハンド・ガード下部に取り付けて使用する40mm口径のM203グレネード・ローンチャーが開発されます。ではM16/M16A1ライフルではライフル・グレネードの照準はどうしてたのかというのは、またあとで触れます。


↓左ページの図はM14ライフルのスピンドル・バルブの説明。グレネード・ローンチャー使用時はスピンドル・バルブ・スロットを銃身と平行になるようにし、ライフルのパーツ破損を防ぐと共に、推進ガスがガス・シリンダーへ流入しないようにしてグレネード発射のためにフル活用出来るようにせよとの説明があります。右ページの図は手榴弾をライフル・グレネードとして利用する際に用いるアダプター2種の説明。①はM1A2グレネード・プロジェクション・アダプターで、Mk2、M26/M26A1破片手榴弾やM30訓練用手榴弾、M34 WP 発煙手榴弾、Mk1照明手榴弾に用いられます。②のM2A1はM6系、M7系の暴動鎮圧用手榴弾やAN-M8 HC 白煙手榴弾、AN-M14 TH3 焼夷手榴弾、M18発煙手榴弾に用いられます。本文はライフル・グレネードの種類の解説へと続き、M31 HEAT(High Explosive Anti-tank)グレネードから始まり…、


↓M19A1 WP(白リン)発煙グレネードは上で既に出ているM34 WP(白リン)発煙手榴弾に取って代わられていきました。赤・緑・黄の3色展開のM22発煙グレネード(図にはありませんが)、M23A1発煙ストリーマー・グレネードも赤・緑・黄の3色です。訓練弾としてM11A4はM19A1とM23A1の訓練用、M29は元々は後にM31 HEATグレネードに取って代わられるM28 HEATグレネードの訓練用、M31は文字通りM31 HEATグレネードの訓練用です。


↓ライフル・グレネード・トレーニングの章から。画像の①はM14ライフル、②はM16/M16A1ライフルですが、それぞれのライフルのスリングに「30度」「45度」「60度」マークを付けておきなさい、という「知恵」についての解説です。これはM14ライフルについて、例えM15グレネード・ローンチャー・サイトを無くしてしまったり壊してしまったりした場合でも、あらかじめM15グレネード・ローンチャー・サイトを装着して銃床を地面に着けた状態でそれぞれの射角を保持した時に、付けているスリングが地面との間でピンと張るように足で踏み付け、その部分に目印を付けておけば、サイトが無くても目印を踏んでスリングをピンと張るようにすれば必要とする射角が得られるという事です。M14ライフルにはM15グレネード・ローンチャー・サイトを取り付けて見て実際に射角を確かめながら目印を付けられますが、専用サイトの無いM16/M16A1ライフルの場合は画像の②で示されているようにスリングを最短にした状態で各射角の目印を付けておけば、実際に射角を付ける時にはスリングを最長に伸ばした状態にして、銃床を地面に着け、各射角目印の部分を足で踏んでスリングが張るように銃口を上げれば必然的に必要な射角になるという事です。


↓信号弾についての詳解。①Star cluster(「星団」:照明・信号弾として)、②Star parachutes(パラシュート吊りの照明・信号弾)、③Smoke streamer(流煙弾)。イラストの画像はあげてませんが手持ちのバージョンとも言うべき①②③の説明が続きます。


↓巻末の方には附録として、各トレーニングのための具体的な施設・設備とその方法についての図説や…、


↓これもです。


↓これは各手榴弾の本体素材、「中身」、対応ヒューズ、重量、投擲距離などのデータ表です。他にも同じくライフル・グレネード等についてのデータ表、グレネード本体に施す塗装や文字色を定めたカラー・コードが続きます。


↓次いで各種トレーニングのスコア記録についての解説。


最後の最後には画像に上げてませんが「グレネードと火工術の履歴(Historical resume of grenades and pyrotechnics)」として一項があり、「最も古いグレネードは、西洋文明による利用記録のある更に何世紀も前の古代中国に起源がある」、「grenadeという語はラテン語のGRANATUSに由来する」、「スペイン人がグレネードを『GRANADA(ザクロ)』と呼ぶのは、スペインで初めてのグレネードの形状がザクロの実に似ていたから」、「紀元前250年にローマ軍がイピルス王ピエールの象軍団に対抗するために使った」等や、「1904年、1905年の日露戦争で、攻守のどちらにおいても史上初めての大規模でグレネードが使用された」、「日本軍が初めて遅延ヒューズを採用した」云々(うんぬん)…とあります。



以上私が特に興味があるところを中心に見て来ました。今回のモノに限らずマニュアルは必要に応じて改変・補追され、或いはある程度改変
・補追が重なったりするとフル改訂されると同時にタイトルも大きく変わります。ですから例えば今回のモノのマニュアル番号「FM 23-30」で検索すると、色んな時代(色んな版)・タイトルのモノがヒットしますので、自分が求めている時期のモノか確かめる必要がありますので注意が必要です。

私のコレクション対象のメインはWWII米陸軍歩兵なのでマニュアル類もその時代のモノが欲しいのですが、やはりどんどん価格も高騰し、目にする機会も減って来てます。もっともウェブ上でいろんな方・公的機関が公表してくれてますので参照するのは容易ですが、やはり何となく自分の手にもって置きたくなります。モノへの執着心がやっぱり残っている証左ですね。以前に「モノを持ってるコレクターよりも、モノを知ってるコレクターでありたい」などと申しましたが。


それでは今回はこの辺で失礼いたします。  

Posted by Sgt. Saunders at 15:28Comments(0)米軍(U.S.)Fire arms-RelatedManuals

2019年04月28日

US パラシューティスツ・ライフル・ホルスター(2ndモデル)(US Griswold Bag)

みなさんこんにちは。
官製ゴールデンウィーク10連休に突入しました。暦通り10日間本当に休める人の割合は3割?だとの調査結果があるようで、私も完全にこの10日間ボケーっとしていられるかといえばそうでなく、呼び出される可能性を孕んだ状態での「休日」をどのようにして過ごせばいいのか、悩みどころです。2、3日前に最高気温が27℃にまで行ったかと思ったら昨日は17℃と、寒暖が激しく上下する当地大阪から、またしても定刻から1週間と2時間弱遅れてお送りいたします。

パラトルーパーが自身で使う銃器を剥き出しのまま携帯・降下すると思わぬ怪我の元になるとして、安全に携えられるようにと開発されたのがこの「パラシューティスツ・ライフル・ホルスター(Parachutist's Rife Holster Assenbly)です。海外では一般に「Griswold Bag」と呼ばれています。Griswoldとはこのホルスターの開発者名だとのこと。

↓実はこのブツ、タイトルにもありますようにいわゆる「セカンド・モデル」です。では「ファースト・モデル」はどんなんやねん?というお声に対しては後の方で触れます。
M1ライフル(ガーランド)を2つの大分割状態にして収納します。画像では間違ってトリガー・グループまでの3分割をしてしまいました。因みにこのM1ライフルは大昔ハドソン産業から販売されたダミーカートモデルのモデルガンです。


↓厚手のコットン・ダック地で出来ており、ダウンジャケットのように詰め物をしてクッション性が高められています。あとで出て来ますが「hair felt」を詰めてあるのだそうです。何の「hair」か、まだ知りません。色味はOD#3、いわゆるカーキです。のちにはOD#7へと移って行くのは他のWWII米軍装備品の例と同じです。左端に見えるスナップ・ボタンの付いているタブのみOD#7です。

フラップの下、左上からなだらかに右下へ伸びる斜めのステッチは、内部で上下に区画を隔てる中フラップの縫い付けステッチです。

↓裏返しました。こちらにはT-5パラシュート・ハーネスに連結するためのスナップ(カラビナ)が設えられています。入手時にパラシュート・ハーネスVリングも付いて来ました。また、左上に数字列のスタンプがあります。


↓「8300-442650」とありますが、これはUS Army Air Forces所管のClass 13カタログにおけるストックナンバーです。「8300」はこのカタログ掲載の物品全般のコード番号、後ろの「442650」はシリアル番号です。先ほど上で触れました「ファースト・モデル」の場合はストックナンバーは「8300-442600」です。この部分に、例えば「43G23402」等との番号のスタンプがある場合は、それはストックナンバー表示ではなく、ストックナンバーとは別に定められた「パーツナンバー」によってそれが何であるかを示してあるものです。パーツナンバーとはテクニカル・オーダー(Technical Order)ナンバーOO-35A-6で定められた番号で、シリアル番号と完全に紐付けされています。パーツナンバーとストックナンバーのどちらが表示されるのかについては、メーカーによる違いなのか時期的なものなのか、よく分かりません。

とあるミリタリーショップのHPで(何処とは敢えて申しませんが結構有名なショップです)、ストックナンバーの後ろ部部分のシリアル番号「442650」の「44」が「1944年製であることを示す」と、誤った説明をしています。

↓スナップの拡大です。パラシュート・ハーネスと同じ素材のテープで頑丈に縫い付けられています。


↓何やらスタンプが施されていますが、今一つ判然としません。


↓スナップの弩アップ。白っぽく表面処理がなされていてパッと見はホワイトメタル?な感じですが、2500ポンド(約1134kg)の荷重に耐えられる強度を持ってます。


↓バネはまだしっかり弾力を保っています。


↓パラシュート・ハーネスにすぐに連結できるよう、クリップが常に上向きになるように本体に糸で結わえ付けられています。


↓私の悪い?癖。超弩アップで見ていきます。〇にJの刻印。何の意味か分かりません…。


↓「US」?の凸モールド。判然としません。


↓今見た各部品についてもClass 13カタログに独立して掲載されています。



↓表側に帰ります。蓋フラップの端のバタつきを防ぐスナップ・ボタン・タブがあります。開けていきましょう。


↓外しました。


↓フラップのオス・スナップ裏側。やや浅めですが「SCOVILL MFG. CO.」と、製造者スコーヴィル社を示す刻印があります。


↓フラップの下、ジッパー・ファスナーを右へ開けます。取っ手の紐テープがOD#7ですね。


↓ジッパー・ファスナーは、これまた有名な「TALON」社の製造によるモノ。真鍮製でしょうか、少なくともアルミ合金製には見えません。アルミ合金製のジッパー・ファスナーを使用しているモノもありました。


↓フラップを開きました。横長の大きい封筒の糊付け部分がジッパー・ファスナーになっている、という感じです。左端に小さい封紙(スナップ・ボタン・タブ)を貼ってる、みたいな。


↓ここからは「こうなってたんだろうかなー」との推測に基づく収納状況です。向き・位置は軍制式のマニュアルとは異なるかもしれません。ストックが見えました。


↓内部を上下に隔てる中フラップの上側の区画にストック、下側には…


↓上の画像でちょっと見えちゃってしまいましたが…


↓機関部および銃身廻りを中フラップで包むようにして収められています。


↓何度も申しますが、上下の向きが正しくないかもしれません。そこはお許しください…。


↓中フラップはこのように表側の裏に取り付けられています。表から見たステッチが斜めになっているのは、ストックの形状、機関部および銃身廻りの形状に合わせるためのモノだったと分かります。ストックも機関部および銃身廻りも、大きい目で見ると鋭角三角形ですよね。


↓再び冒頭の画像。余談ですが、こうして見て来ますと写真というのは光線の具合で色調がこれ程も変わるのかという事をあらためて実感します。「カーキ」「OD」という表現は本当に難しいですね。同じモノがOD#3に見えたりOD#9に見えたり、はたまたOD#7か?とも見えたりです。

M1ライフル(ガーランド)はまたの機会に採り上げると思います。

↓途中で出て来ましたClass 13カタログ(Illustrated Catalog - Clothing, Parachutes, Equipment and Supplies)の1943年9月30日版です(リプリントですが...)。パラシュートやQuartermaster Corps(需品部)による供給ではない衣類(フライング・スーツ、シューズ、ゴーグル、酸素マスク、グローブやライフ・ベスト、緊急生存維持キットなど)、その他の個人装備品が掲載されています。なお今回採り上げました「セカンド・モデル」は、このカタログには掲載されていません。1943年9月末の時点ではまだ「セカンド・モデル」は出現していませんでした。


↓これがこのカタログに掲載されている「ファースト・モデル」のイラストです。フラップはジッパー・ファスナーではなく、スナップ・ボタンやトグル等を用いた、ちょっと手の込んだ方法で留められます。「2重フラップ」構造です。また、キャプションの注記(NOTE)にありますように、制式名称がそれより前の「Container - Individual Aerial Delivery Rifle」、ストックナンバー8300-128915から変更されたという事が分かります。新しいパーツ番号は「42G15004」、ストックナンバーは「8300-442600」となっています。冒頭部分で本「セカンド・モデル」の裏面のスタンプが「8300-442650」となっているのを見ましたが、この「ファースト・モデル」のストックナンバーの末尾2ケタ「00」が「セカンド・モデル」になる時に「50」になったんだなと理解できます。


↓実物の画像をUS Militaria Forumのmed-deptさんの投稿から引用します 
裏側。


↓表側。ちょっと分かり難いですが、イラストではハーネスがこちら側にあるようになってますが、逆ですね。それともマイナーチェンジしたのでしょうか。


↓フラップの留め具合です。まず下蓋とも言うべき本体上端に設えられたコットン製のトグルループを中蓋のハトメ穴に下から通し(6箇所)、上へ僅かに飛び出したループにワイヤー製の索条をカンヌキのように通して中蓋が開かないようにして、更にその上から上蓋を5つのスナップ・ボタンで留め、索条が不意に抜けることの無いように索条末端のリング(画像の一番手前に見えてます)を本体に付けられたスナップ・ボタン・タブで固定する、というモノ。リング固定タブを外して索条をスーッと抜けばフラップは開くことが出来ます。まあ、こんなに複雑にしなくても、「ジッパー・ファスナーで留めるようにすればイイじゃん。」と、セカンド・モデルの開発へと進んだんだろうと思います。

因みに色々調べて見ましたら、ノルマンディ作戦時の降下時には、まだセカンド・モデルは出現しておらず、ファースト・モデルのみが用いられたそうです。

また、ファースト・モデル、セカンド・モデルとを問わず、銃を分解して収納し、降下が完了してから銃を組み立てて…なんて悠長な事してられるか!と、分解しないまま収納できるように適当な布地を使って長さを伸ばす改修が兵士個人レベルでなされたケースが数多くあります。


パラトルーパー装備も最低限揃えて101stや82ndを再現してみようかとした時期がありましたが、頓挫して久しいです。何より原資が足りません。
今回採り上げましたモノ、もうカレコレ10年以上前にeBay(今はebayなんですね。気付きませんでした。)で確かUS$350位で落としたように記憶しています。今もあまり変わっていないようです。OD#7版だと若干安くなるのも変わっていません。
最近は良く出来たレプリカがファースト・モデル、セカンド・モデルとも大体US$100前後位で手に入ります。リエナクトでは、これはあんまり出番が無いように思いますが、やはりなりきるための重要なグッズとして需要があるんでしょうかね。これを使ってリエナクトするとすれば、パラシュート一式も必要になるかと。そのパラシュートですらレプリカがちゃんとありますもんね。極めるとなると奥が深いです。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。良いHolidayを!




  

Posted by Sgt. Saunders at 13:38Comments(0)米軍(U.S.)Bags, PacksHolsters

2019年04月07日

US M1ヘルメット-その2-(US M-1 Steel Helmet -vol.2-)

みなさんこんにちは。
新元号が令和に決まり、桜が満開となりましてお花見には絶好の機会が到来しました当地大阪から、定刻を2時間余り過ぎてお送りします。

さて今回のネタは察しのいい方なら既にお分かりかと思いますが、前回の投稿で少し見え隠れしておりましたミッチェル・カモ・カバーを纏っておりました別のM-1ヘルメットです。
ひと口にM-1ヘルメットと申しましてもアウター・シェルとライナー・ヘルメット、それに内装のバリエーションとの組み合わせにより様々なパターンが存在し得るという事についてはご承知の通りです。そのすべてのパターンを蒐集し尽くすのは私などには到底不可能です。

ただ今回のこのM-1ヘルメット、「変わった取り合わせだな」、「ナニコレ?」とお感じになられる方もあるかもしれません。私も当初「え?これ何か違和感…」と思いました。ただそれは偏に知識経験の少なさに由来するものでありました。

↓これです。

「ミッチェル・カモ・カバーなのに茶革チンストラップ付き?」と思いました。でも以前の投稿「ミッチェル・パターン・カモフラージュ・ヘルメット・カバー」でも掲げました下の画像↓を見た時以来「まあ、この組み合わせが在ってもおかしくは無いわな」と納得しました。勝手に「違う時代のモノの組み合わせだ」と思い込んでいたのです。

米国のナショナル・アーカイブより「Da Nang, Vietnam - A young Marine private waits on the beach during the Marine landing. - August 3, 1965.」。1965年8月においてもまだこのタイプのライナー・ヘルメットが現役であったという事に少し驚きました。

↓この個体はまさに今上で見た海兵隊員の被っているM-1ヘルメットと同じです(海兵隊への支給はずっと後になってからとなるヘルメットバンド(カモフラージュ・ヘルメット・バンド)を除いて)。


↓前回の投稿の中で文章による紹介をいたしましたWWII中に改良されたT-1リリース・チン・ストラップが装着されています。


↓ベトナム戦争中に広く使用されたこの「ミッチェル・パターン・カモフラージュ・ヘルメット・カバー」(←以前の記事にリンクしてます)は現在いい値段でレプリカが出てます。スタンプまで実物そっくりに再現されていますので「本物」にこだわる方はご注意ください。


↓内側のライナー・ヘルメットを見ていきましょう。前回記事でも出て来ました「Liner, Helmet, M-1, New Type」の「OD#7内装タイプ」です。また、このライナー・ヘルメットの内装に用いられている素材はコットン・ウェブです。


↓これがその前回記事でも出しました「Liner, Helmet, M-1, New Type」の「OD#3内装タイプ」です。構成要素がほぼ同じなのがお分かりいただけますでしょうか。そして、こちらの内装に用いられている素材はコットンのHBT(ヘリンボーン・ツイル)です。


↓頭頂部付近のメーカー・ロゴ(Firestone Tire and Rubber Company)と1962年製であることを示すエンボス。Firestone Tire and Rubber CompanyはWWII時代もライナー・ヘルメットのメーカーでもありました。


↓上で「構成要素が『ほぼ同じ』」としたのはここが違うからです。後頭部の装着感向上および衝撃緩和のためのネック・バンドに改良が加えられ、この様にバックルでその長さを調節できるようになっています。カタログ上の制式名称は「Band, Liner, Helmet, M-1, Neck, Adjustable」。



↓バックルが付く前のモデル。上下2つ並ぶスナップの間隔を当初は5つ(のちに3つ)のサイズ展開で用意されたネック・バンド「Band, Neck, Liner, Helmet, M-1」です。これをバックルを用いて長さを変えられるようにしたのが上で見たモノです。サイズごとの在庫管理を不要にするためです。

 
↓バックルで折り返す長さを変える事でスナップの間隔を自在に調節できます。


↓片側のスナップを外しました。


↓どっちも外しました。


↓何やらスタンプがあります。


↓曰く、「NECKBAND SOLDIER'S STEEL <改行>HELMET LINER  QM(CTM)<改行>40765-E-62   8415-153-6670」。制式名称がSoldier's Steel Helmet Neckbandとなっております。米軍装備品にはよくある例ですが、「モノ」は同じでも新たなカタログに搭載される際などに名称が変更されることが多いですし、また名称の一部が省略されてスタンプがなされたりするのもよくあります。ですからこのネック・バンドも1946年5月版のQuartermaster Supply Catalog「QM 3-1」では制式名称は「Band, Liner, Helmet, M-1, Neck, Adjustable」ですが、M-1ヘルメットの制式名称が変化したことにも伴ってこの表記になってます。品名の後ろ、「QM(CTM)40756-E-62」とあるのは、のちのDSAになる前のQM(CTM)時代の契約番号表示で1962年度契約の意。「8415-153-6670」はFSNです。


↓WWII以来のファスナー・メーカーの刻印「RAU FASTENER CO. PROVIDENCE R.I.」。


↓こちらはヘッド・バンドのサイズ調整用バックル部分です。


↓裏側にスタンプがありますがフェードアウトしており、判読不能です。


↓ライナー・ヘルメット外観です。前回の投稿でも同じ「LINER, HELMET, M-1, NEW TYPE」をご紹介しましたが、それとは違い、こちらのモノには正面上部のアイレット(ハトメ穴)がありません。無駄だと省かれたのだと思われます。


↓また、ヘッド・バンドを支えるハーネスを固定するリベットの頭の径が小さくなっています。チン・ストラップを留めるためのスタッドを固定するリベットの大きさは変わっていません。


↓ライナー・ヘルメットのチン・ストラップです。前回の投稿で掲げたモノと差異はありません。因みにこの茶革チン・ストラップはWWII時にはライナー・ヘルメットの構成要素としてはカタログを見る限りでは独立したストック・ナンバーは与えられていなかったようなのですが、FSN制度が定められた1954年以降は「8415-153-6673」というFSN番号が与えられ、且つ「Strap, Chin, Leather, Russet」という名称が付けられています。


↓バックルに錨の刻印。North & Judd Manufacturing Company社製です。1960年代前半頃の製造です。



↓裏側のリベット。お馴染み「DOT」の刻印はUNITED CARR社です。


↓ミッチェル・カモ・カバーを着けてライナー・ヘルメットを嵌めようかという状態です。シェル内側にオリジナル塗装が鮮やかに残っています。かなり明るいODです。もはやライム・グリーンです。


↓前回の投稿で触れました、WWII中に改良されたT-1リリース・チン・ストラップが装着されています。


↓チン・ストラップのループへの取付けは「縫い付け」から「金具連結」に変わってます。取替が楽です。


↓T-1リリース・チン・ストラップのアップ。左の爪が右のボールを掴んでいるのがお分かりいただけますか?


↓撮影の角度を変えました。


↓つなぐ前。


↓爪の側には画像で示している通り「切れ目」が入れてあります。


↓つないで、この画像は今まさにボールの付いているストラップを右方向へ思いっきり引っ張っていまして、それにより隙間が開き、もっと力を掛けて引っ張れば、ボールを掴んでいる爪の間からボールがすり抜けて外れる、という仕組みです。14ポンド(6.35キログラム)の力が掛かると外れるという事です。

前回の投稿のキャプションをもう一度流用します。チン・ストラップをしっかり留めていると、「付近で砲弾の炸裂があった場合等による衝撃波を受けた際、ヘルメットと頭部との間にその風圧を受け、その風圧がチン・ストラップを介して顎をアッパーカットするように作用する形となり、その結果顎のみならず頸椎の損傷や脳震盪をもたらす…...」という戦場からのレポートを受けて緊急的・暫定的に「チン・ストラップを留めずに垂らしておくかヘルメット後端等に留め置いておくように」との指示に繋がったのでしたが、このレポートをもとに上述の通り、チン・ストラップを留めていても14ポンド(6.35キログラム)の力が掛かると自動的に外れて受傷を回避できるようにしたのがこのT-1リリース・チン・ストラップです。

↓お馴染み1946年5月版のQuartermaster Supply Catalog「QM 3-1」のT-1リリース・チン・ストラップのキャプションです。


↓ストラップの金具は鋼板打ち抜きプレス・OD塗装です。


↓カバーを外しました。いわゆるフロント・シームです。なので、WWIIの比較的初期の製造で、のちに明るめのODでリペイントされ、チン・ストラップも換装されたのだと思っています。


↓フロント・シームとロット番号(ヒート・スタンプ)。


↓ロット番号(ヒート・スタンプ)については近時急速に研究が進んでいるようですが、私の頭は追いついてません。


↓アウター・シェルの外観です。高さが低くなったりする前の元祖M-1型です。塗装の一部が剥げてて明ODの下に濃ODが見えています。


↓アウター・シェル正面。特筆無しです。


↓ついでにミッチェル・カモ・カバーです。以前の投稿で触れていますのでよろしければご覧ください。



この個体は、この組み合わせで6、7年前にeBayで購入しました。当時やはりミッチェル・カモ・カバーと茶革チンストラップライナー・ヘルメットとの組み合わせが忌避されたのか、入札はあまりなく、確かUS$150もしなかったように記憶しています。
M-1ヘルメットについてはアウター・シェル、ライナー・ヘルメット、それぞれの「バージョン」、各種内装部品、塗装など、非常に多くの要素が絡んでいて、その組み合わせによって歴史的な価値も異なってきますので、コレクションする上ではいろいろ吟味する面白さ(嬉しい面倒臭さ)がありますね。
当時のパーツを使って古くなったヘルメットをレストアしてくれる業者や、パーツを販売している業者が沢山あって、研究も進み、環境としては良い要素があるのですが、中には粗悪なレプリカ・パーツを実物として売ってたりする業者もありますので注意が必要です。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。




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Posted by Sgt. Saunders at 14:43Comments(0)米軍(U.S.)Headgears

2019年03月24日

US M1ヘルメット(US M1 Steel Helmet)

みなさんこんにちは。
寒さがぶり返して3日前の最高気温は21度だったのに今朝の最低気温が3度という当地大阪・某郊外都市より、投稿定刻(自主目標)から約1時間遅れてお送りいたします今回、「そう言えばまだだった」シリーズ?として今さらながらご紹介致しますのはWWII時以降長らく米軍兵士のアイコンとなっていたと言える「M-1ヘルメット」です。

WWII当時フランス国民が上陸してきたアメリカ兵を見て「フットボール選手が被るようなまん丸いヘルメットを被り、野球選手が着るようなジャンパーを着て…」と名状したように、トサカやツノの無いそのまん丸い形状のM-1ヘルメットはヨーロッパ諸国においては当時珍しいモノであったのは確かでしょう。日本軍なんかは多少トンガリ気味ではあったものの飾り気の無い丸い鉄帽でしたが。
私がWWII時代のM-1ヘルメットをやっとのことで入手できたのは働きだして可処分所得が格段に上がってからです。それまではかの中田商店で売られていたどこの国のモノかよく分からない、高さが低くなってからのM-1ヘルメットのアウター・ヘルメットと、それに合わせることのできるプラスティック製のライナー・ヘルメットを買って、なんちゃってGIとなってマルシンのM-1カービン(大昔のカート式エアガンの頃のですよ)を携えてサバゲを楽しんでいました。

↓「M-1ヘルメット」です。TV映画「コンバット!(COMBAT!)」ではケイジらが擬装網(カモフラージュ・ネット)を着けたりサンダース軍曹は擬装カバー(カモフラージュ・カバー)を着けたりと色々なアレンジが見られるアイテムです。もちろんヘルメット本体に直にペイントや標記を施したりすることもあったのは皆さん周知の通りです。1980年代前半にケブラー製のPASGTヘルメットに取って替えられるまでGIの頭を守り続けました。後ろに見えているのは、また後日…。



↓取り敢えずグルリを眺めます。「本体は高マンガン鋼製で磁性を持たず、縁(リム)は当初はステンレス鋼でのちにマンガン鋼になった…などというカタログ・スペック的な講釈はここでは敢えて致しません。Wikipediaや他の方のHP等を参照して下さい。


↓ヘルメット本体のチン・ストラップは本来その名の通り顎の下で留めてヘルメットをしっかり頭部に被せて固定させるためのモノですが、このように後ろ側の縁に沿わせて固定させておくか、もしくは顎に廻して留めることなく重量にまかせてダランと垂らしておくようにしするなどして、とにかく顎下で留めるなと戦中に指示が出されたのも、コレクターの方ならご存知の通りです。初心者の方のために僭越ながら念のため講釈めいたことを申しますと、「チン・ストラップをしっかり留めていると、付近で砲弾の炸裂があった場合等による衝撃波を受けた際、ヘルメットと頭部との間にその風圧を受け、その風圧がチン・ストラップを介して顎をアッパーカットするように作用する形となり、その結果顎のみならず頸椎の損傷や脳震盪をもたらす…...」という戦場からのレポートを受けて緊急的・暫定的に「チン・ストラップを留めずに垂らしておくかヘルメット後端等に留め置いておけ」との指示に繋がったのでした。

のちに14ポンド(約6.35キログラム)の力が掛かると外れるように設計された『T1リリース・チン・ストラップ』が開発されました。またの機会に触れるかと思います。

↓前にある革製のライナー・ヘルメットのチン・ストラップ。ライナー・ヘルメットのチン・ストラップはこのようにヘルメット本体(アウター・シェル)の庇に引っ掛けておくのが一般的です。

と、ここまで書いてふと思い出しました。この「M-1ヘルメット」、私がWWIIUS装備品に興味を持ち始めた当初まだ実物を見たことの無い頃は、これが外側のヘルメット本体と内側のライナーとに分かれる!外側と内側の二重構造!なんてことは思いもよりませんで、ドイツ軍のヘルメットのように本体の内側にサスペンションが取り付けられているものだと思い込んでおりました。ひと口に「M-1ヘルメット」と言いましても、実はアウター・シェル(外帽:制式名称は「Helmet, Steel, M-1」(のちには「Helmet, Steel, M-1, with Flexible Loop」))にライナー・ヘルメット(中帽、或いは内帽:制式名称は「Liner, Fiber, Helmet, M-1 」(のちには「Liner, Helmet, M-1, New Type」))を嵌め込んで、セットになって初めて「M1ヘルメット(制式名称:「Helmet, Steel, M-1, Complete」)」となることを知ったのは渋谷のアルバンから「米軍カタログ」を郵便で取り寄せてからでした。 昔は今のようにインターネットで調べるとすぐ分かる!という環境なんかは無く、ほとんど全て紙媒体の資料しか無くて、しかも微に入り細を穿つような資料は簡単に入手できませんでしたねぇ…(シミジミ)。

↓内側、正しくはライナー・ヘルメットの内側です。画像右側が額側、左側がうなじ側です。今回お見せするモノは、カテゴリ―としては「Liner, Helmet, M-1, New Type」になるのですが、これもまたひと口に「Liner, Helmet, M-1, New Type」と言っても製造者や製造時期によって細かい差異がありまして、とてもここではすべてを網羅することはできません。詳しくは例によって他の研究者の方のHP等を参照して下さい。使用される金具や仕上げの差異により細かく分けて論じられています。

先ほど見たライナー・ヘルメットのチン・ストラップと、頭の周囲のサイズに合わせる茶革のヘッド・バンド(芯材はHBTコットン・テープ)、被る深さを頭頂部のコードで緩く締めるかキツく締めあげるかで張り具合を調節して使うサスペンション、うなじ部分のクッションとなるネック・バンドが設えられています。HBTコットン・テープの色調は全てOD#3です。のちの製造時期ではOD#7へと変わっていくのは一般的な装備品の例と同じです。ライナー・ヘルメット自体はいくつもの細長いキャンバス生地を球状に重ね合わせてフェノール樹脂を染み込ませてからプレス成型して作られます。因みにこの「New Type」の前のモデル「Liner, Fiber, Helmet, M-1 」は素材としてカードボード(ボール紙)を用い、表面を薄い布でカバーして圧縮成形して作られ、ネック・バンドなどの内装素材にはレーヨンが用いられていました。使用された金具などの差異で前期型後期型と分けて論じられることがあります。

↓本体がコットン生地から作られているのが納得できます。繊維が良く見えます。HBTテープをライナーに固定している逆Aの字型のリベット受け板はホワイトメタル製のモノ、鋼製のモノや、本件のようなブロンズ製のモノなど数種類あります。


↓ライナー・ヘルメット内側の頭頂部付近にある製造者のロゴマーク。十字型の中に縦と横で「CAPAC」との表記があり、ミシガン州のCapac Manufacturing Company製であることを示します。飛行機のプラスティック製シートやB-29の窓枠なんかも製造していたそうです。このタイプのライナーの製造者は10社に及びます。


↓上はうなじへの衝撃を緩和するネック・バンド。サイズは当初は5段階、最終的には3段階で用意されていました。上下2つ並んだスナップの列が両端にありますが、この間隔を5段階あるいは3段階で作ってサイズ展開を図りました。のちには更に最終進化形として、バックルを用いてサイズ調節できるモノが開発されます。下は各サイズが固定されて作られていたモノから、バックルを附属させて寸法を調節可能なモノへと改良された型式のサイズ可変式ヘッド・バンド、「Band, Head, Liner, Helmet, M-1, New Type」です。


↓ネックバンドのスナップの片側を外してみました。スタンプがあります。


↓見にくいので逆さに。上段に「W11-009 QM16874」とあります。シカゴ・クオーターマスター・デポが起案した契約書に基づいて陸軍省が陸軍需品科向けに契約番号16874で契約したという意味です。「W」はWar Department、「11-009」はChicago Quartermaster Depotを表すコード(1943年6月30日までなら「199」)、「QM16874」は「陸軍需品科向け契約・番号16874」を表します。下段の「S.M.C.」は製造者「Scholl Manufacturing Company」 の意。「LARGE」はいわずもがな「大」の意。


↓バックルが附属したサイズ可変式のヘッド・バンドの拡大。バックルに通っていた部分を全部引っ張り出してみました。スタンプがありますが、残念ながら掠れてしまって幾つか番号が見える程度で詳細が分かりません。


↓こちらはアウター・シェル(外帽)に設えられているチン・ストラップとその留め具(バックルとフック)です。ストラップの色調はOD#3。バックルは打ち抜きプレスの真鍮製。形状は同じでM-1ヘルメット制式化以前の皿型M1917(A1)ヘルメットで用いられた鋳造の真鍮製のバックルもM-1ヘルメット制式化当初には用いられました。フックも真鍮製です。時代が下るとストラップの色調はOD#7へ、留め具の素材は鋼へと変化していき、形状も変化します。


↓フックです。この個体は「返り」がとても小さいです。


↓アウター・シェルのループにチン・ストラップが縫い付けられている部分の拡大と、アウター・シェルとライナー・ヘルメットとの「ハマり具合」をご覧頂く画像です。アウター・シェルとライナー・ヘルメットとの「ハマり具合」はそれぞれが別個独立したモノとして複数の製造者により製造されたこともあり、ピシッとハマる組み合わせ、今一つぴったりハマらない組み合わせがあったりと若干の「相性」があります。


↓ライナー・ヘルメットを外しました。両耳に当たる辺りの箇所にチン・ストラップが縫い付けられているループがあるのが分かります。↑今上の画像でも見ましたが、内側外側に揺り動かせるようにヒンジで留められたループを持つアウター・シェルが制式名称「Helmet, Steel, M-1, with Flexible Loop(Stock No.:74-H-120)」です。まさにフレキシブル、ループが動かせます。これの改良前モデル「Body, Helmet, Steel, M-1(Stock No.:74-H-115)」では、ループと言うか『コ』の字型のワイヤーがその末端部分だけでヘルメット本体に直接熔接されていて揺り動かすことは出来ません。衝撃に弱く取れやすかったため、本体にヒンジを熔接し、そこにループが通る形にして、衝撃を受けてもそれを逃がしやすい構造へと改良されたのでした。単なる仕様変更ではなく、別アイテムとして開発製造されたという事です。あとでカタログ表示を見てみましょう。

この形状を見れば、洗面器、鍋、バケツ、ショベル等々前線の兵士によって色んな用に供されることになったのも無理は無いと素直に頷けます。

↓ここで少し資料を見てましょう。まず1943年8月版のQuartermaster Supply Catalog Section 1から。当ブログではしばしば出て来ます。


↓ヘルメットのページ。M-1ヘルメット関連はこの部分(1/2ページほどです)。私がで囲ったキャプション「Helmet, Steel, M-1, Complete」は、四角で囲われているモノすべてを含んでのキャプションです(すぐ下の説明文でも言及されていますがで囲っている4つのアイテムで構成されているという事です)。Fig.1の「BODY, HELMET, STEEL, M-1(本体)」、Fig.2の「LINER, HELMET, M-1, NEW TYPE(ライナー・ヘルメット)」、「BAND, HEAD, LINER, HELMET, M-1, NEW TYPE(ヘッド・バンド)」、「BAND, NECK, LINER, HELMET, M-1(ネック・バンド)」の4つが組み合わさって「M-1ヘルメット」が一つ出来上がります。


で囲った「Fig.1」がヘルメット本体(「BODY」:アウター・シェル(外帽))で、で囲った「Fig.2」がライナー・ヘルメット(「LINER」:中帽または内帽)です。ストックナンバーがそれぞれ別個独立して与えられており、アイテムとしては一つひとつが単体で管理されている事が分かります。Fig.1ではライナー・ヘルメットのチン・ストラップもアウター・シェルのチン・ストラップもどちらも顎に回して留めています。これが本来の着用方法なのでしょうけど、実際は冒頭の画像にありますようにライナー・ヘルメットのチン・ストラップはアウター・シェルの庇部分に掛けていたのが通例でした。


↓一方、こちらは1946年5月版のQuartermaster Supply Catalog「QM 3-1」(のリプリントです)。


↓こちらでもヘルメットの項は1/2ページほどです。上の1943年8月版のQuartermaster Supply Catalog Section 1で見たアウター・シェルは、こちらでは赤下線の通り「BODY」の語が抜けて、代わりに「Until Exhausted(費消限り)」との注記が付いてます。どちらのカタログでも同じストックナンバーですから名称が変わったという事が分かります。そしてすぐ下青下線の方では「Helmet, Steel, M-1, with Flexible Loop」とあり、赤下線の「Helmet, Steel, M-1」に「フレキシブル・ループ」が付いたモノとして新しいアウター・シェルが別途開発されたという事が分かります。ストックナンバーも別のモノがちゃんと割り振られています。以上から「フレキシブル・ループ」が付いていない「Helmet, Steel, M-1」はループが直接アウターに熔接留めされているアウター・シェルである事が分かります。カタログへの搭載以前に実際は1943年中頃から製造が始まっています。

また右上の着用画像を見ると、ライナー・ヘルメットのチン・ストラップはライナー・ヘルメット自体の庇に掛けた状態で、その上からアウター・シェルを被せています。実際にこんなことをするとストラップの固定バックルが嵩張ってアウター・シェルとしっかり嵌め合わせられないのでは?と思います。やってみたことありませんが。先ほど見た1943年8月版のカタログではどちらのチン・ストラップも顎に回していましたね。

↓現物に戻ります。アウター・シェルはリム部分の全周が薄い金属テープで巻き覆われて処理されますが、その金属テープをどこから巻き始めてどこで巻き終わるか、「始点終点」がどこになっているかで2種類に大別されています。この個体は前の庇に始点終点のあるいわゆる「front seam敢えて訳せば『正面縫い目』」で、のちにWWII末期ごろからは真後ろ「rear seam『後面縫い目』」になったと言われています。指で示している先にテープの切れ目があるのがお分かりいただけますか?また、すでに触れましたが金属テープの素材も当初はステンレス鋼で、のちにマンガン鋼になっていきました。


↓大体ほとんどのアウター・シェルの庇の内側のこの辺りにロット番号が打刻されています。


↓再びアウター・シェルの外観。この背の高いフォルムとコルク粒・おが屑のブツブツが好きです。のちにM-1ヘルメットは安定性向上等の為に形状変更を施されて若干高さが低くなったり庇が少し長くなったりするのですが、WWII時代が好きな私はこのシルエットがたまりません。そう言えば大昔1980年代くらいまでは、業界もコレクターも、今申し上げたM-1ヘルメットをマイナーチェンジしたとも言えるやや高さが低くなったモノを新しいタイプのライナー・ヘルメットとセットにして「M-2ヘルメット」とか「M-1956ヘルメット」などと呼んでいましたね。現在ではM-2は全く別モノ(M-1C空挺隊用ヘルメットの前身)として認識されていますが、昔は違いました。


↓左真横から。この個体は階級章や師団章・部隊章など何らのステンシルも加えられていません。チン・ストラップの色調は1944年11月ごろからはOD#3からOD#7へと替えられていきます。


↓本体の塗装はWWII終期でコルク粒・おが屑とのコンビでのダークODが終わり、その後は砂・シリカ粒とライト・グリーン(OD#8(OD319))とのコンビに替わります。この個体はブツブツはコルク・おが屑+ダークOD塗装の上からライト・グリーンを後塗りされたと思われます。ライト・グリーンの下にダークODが見えている部分が多数見受けられます。


↓ではライナー・ヘルメットを見ていきましょう。アウター・シェルと合わせずに、ライナー・ヘルメットだけを単体で被って使用する例は、例えば後方の兵士などに見られました。この個体にはOD塗装がなされていますが、色調についてはアウター・シェルの例と同じく、リペイントされている可能性もあり、もともとどんな色調であったかは精査しないとなかなか分かりません。


↓ライナー・ヘルメットのチン・ストラップ。茶革製で、縁の仕上げ、バックル金具、ヘルメットへの取付け金具に細かい差異があり、もちろん私がすべてのパターンのモノを蒐集することはできませんで、図解するのは無理です。この辺りについても詳しくは他の研究者の方のHPをご参照ください。この個体のバックルは黒塗り・「ロール仕上げクラスプ」で、ストラップは「型押し縁」です。クラスプに錨のメーカーロゴ刻印がありますので1960年以降のNorth & Judd Manufacturing Company社製である事が分かります。


↓裏側のリベット。お馴染み「DOT」の刻印はUNITED CARR社です。


↓ライナー・ヘルメットを正面から。ここは眺めるだけにします。


↓右側面です。


↓後面です。


↓左側面です。リベットは内装を固定するためのモノです。


↓縁が傷んで繊維がほつれています。


↓ライナー・ヘルメットの塗装法についてもいろいろな方法が試され、採用されました。色調も然りです。




以上縷々見て参りました。
今回ご覧いただいた個体には、階級章や師団章・部隊章など何らのステンシルも加えられていません。それらがあれば一般的にお値段にプレミア分が加算されるのは皆さんご承知の通りです。
私がこの世界(入り口はWWIIUS歩兵装備品)に首を突っ込んだ頃はM-1ヘルメットは大体18,000円もあれば程度の良いものが入手出来ました。「戦艦〇〇の格納庫から未支給・未使用のM-1ヘルメットが発見さる!」と、海軍ペイントのM-1ヘルメットが40,000円で販売されたこともありましたねぇ。内装はODだったような気がします。
今日ではM-1ヘルメット、特にWWII時代のモノは、もうすっかりレア・アイテムの域にあります。価格の高騰が驚きです。

実物から傷んだ内装や部材を丁寧に取り外し、精巧にリメイクされた部材や、僅かに現存する実物デッド・ストック部材等を使い、塗装などもしっかり当時のスペックに則って「レストア」を行う業者さんが近時たくさん出現されました。
リエンナクターには実に良い環境が出来上がっていますが、適度にウェザリングを施せば最早「実物」と見まがう程のモノとなり、「偽物」になってしまわないか常に心配です。見分けられる眼を養わないとカモにされてしまいます。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。ご機嫌よう。さようなら。



  

Posted by Sgt. Saunders at 13:20Comments(0)米軍(U.S.)Headgears

2019年03月10日

ドイツ軍M44フェルトブルーゼ・複製品(WWII German Feldbluse 44)

皆さんこんにちは。
この時期の挨拶の常套句たる「三寒四温」がまさに今当てはまる当地大阪から、花粉症発症の恐怖に戦きながらまた定刻を一週間遅れてお送りします。

今回お送りするのは寄り道コレクションになる予定だったドイツ軍のM44フェルトブルーゼ(Feldbluse 44(M44 Field Jacket))のリプロダクションです。
アメリカにある各国実物軍装品・衣料品の販売とレプリカ品の製造販売をおこなっているHessen Antique社のHPを見ておりましたら、襟章は兎も角国家鷲章を隠せばタウンユースで使えるのでは?と思い衝動買いしました。

で、このM44、買ったは良かったのですが、腰の絞り具合が思ってた以上で、胸囲はぴったりなのにウェスト周りが私にはちょっときキツく、着用は不可能であったため已む無くヤフオク!で現在出品中(←ヤフオク!商品ページを参照してください)です。送料を負担して返品・交換を考えましたが、サイズのもう少し大きい別のを買って、この合わない方はヤフオク!で売ったら送料が片道分不要になるなーと思っての出品です。
でも果たしてそもそも買ってくれる人がいるのか?という事はこの際考えないでおきましょう。きっといいご縁でどなたかに落としていただけると思います。サイズが合う方で個人輸入しようかなと考えられていた方は送料が無料になる位の金額からスタートしています。オークションの予定終了時刻は4月1日午後8時21分です。ご興味のある方はどうぞご覧下さい。


↓これがその私のウェストにはちょっとキツかったM44フェルトブルーゼ(Feldbluse 44)です。

英軍のバトルブラウス(バトルドレス)に影響を受けたのか、単に服地の節約・製造工程の簡略化の見地からなのか、このM44はそれまでのドイツ軍のフェルトブルーゼM43までの伝統的な4ポケスタイルから脱却し、腰から下部分を大胆にカットして創られました…なんて事はドイツ軍ファンなら今さら聞かされるまでも無いでしょうから講釈はここまでにします。大幅に簡略化された裏地、ベルトフック(ザイテン・ハーケン)用の簡略型サスペンダーなどM44の特徴が良く再現されています。

↓オークションの商品説明でも触れていますが、室内の蛍光灯下と戸外での太陽光の下とではやはり色調が随分違って見えます。一般的にFeldgrau44(フィールドグレー44)と言われるモノを再現しています。


↓国家鷲章(Hoheitsabzeichen「ホーハイツアプツァイヒェン」)はBeVoタイプの縫付けを省力化できるようにと逆三角形型となったモノ。


↓胸ポケットのフラップを開けました。フラップはスクエア型で裏地にはコットンが当てられています。ポケットの指でめくっている上辺部分にもコットンの裏地が当てられています。


↓第一ボタンもしっかりあって開襟状態から詰襟状態にできますが、M44には他のM36やM40などのようなホックはありません。襟を立てて立襟にするための小ボタンが襟裏にあります。


↓左襟の裏に立襟にするためのタブと、普段それを襟裏に収めておくための小ボタン。因みにこの画像は太陽光の下での撮影です。


↓このように立襟に出来ます。


↓第一ボタンを留めた状態。これはこれでスマートです。


↓各兵科共通兵用襟章。因みにこの画像は太陽光の下での撮影です。


↓歩兵科を示す白パイピングの肩章。因みにこの画像も太陽光の下での撮影です。


↓実物を良く再現しています。この画像も太陽光の下での撮影です。


↓肩章を外して裏返しました。この画像も太陽光の下での撮影です。上の画像と少し角度が違うだけでこんなに色合いが違ってくるのですね。それとも若干雲で翳ってたのか…。


↓袖口です。単なる筒袖ではなく…


↓部分的に裏地の付いた本切羽になっていて2つずつのボタンとボタンホールにより袖口を絞ることができます。この辺りの構造は、実物の世界では同じM44でも差があり、切羽の無い筒袖になっているモノも実在します。


↓襟裏です。これ以前のフェルトブルーゼで見られるような裏地はありません。見にくいですが基部は水平に9条の縫目、襟本体上部はジグザグの縫目があります。


↓フロントのボタン。表はぺブルパターンのフェルトグラウ塗装、ホローバックの一般的なモノが再現されています。


↓アップ。特に刻印等が施されていません。でも今に始まったわけではありませんが、レプリカのボタンには実物と同じ刻印を施してあるのが多数あり、最早「複製品」ではなく「偽物」になってしまっていまして、コレクター諸氏を悩ませているのは周知の事実です。


↓ザイテンハーケンが通る孔。腰の左右に1つずつ設えられています。


↓裏返してみました。グレー色のコットン裏地の張り具合が分かります。左右の胸に1つずつ内ポケットがあります。腰から下を切り詰める前までのフェルトブルーゼにはあった包帯専用ポケットはM44では廃されました。


↓内ポケットは1つのボタンで留める作りです。


↓ザイテン・ハーケン用の簡略型サスペンダーもしっかり再現されています。この辺も実物の世界では同じM44でも有るモノと無いモノがあります。しっかりとした縫製で、サバゲなどでフックに装備品を提げたベルトを掛けても十分の強度があります。


↓背面です。


↓最後に一番上のボタンホールに留められているメーカーの商品タグです。「表地は85%ウール、15%レーヨン、裏地は100%コットン。洗濯は不可、『普通の操作により、業者によるドライクリーニングができる。*溶剤はテトラクロロエチレンまたは、石油系溶剤を使用する』、漂白剤禁止、『アイロン底面の温度110℃を限界としてかけることができる。*スチームアイロンは危険』」等の表示があります。

Hessen Antique社が中国で製造させているのですね。中国製であるにもかかわらず縫製がとてもキッチリしているなと思います。ドイツ軍のジャケットの複製品はこれが初めて持つ(しげしげとよく観察する)モノなのですが、中国製でもこんな高品質のモノが出来るのかと、ちょっと驚きでした。


ドイツ軍モノは寄り道コレクションですので今後もそれほど食指が伸びることはそうそう無いと思いますが、高品質のレプリカならばサバゲなどで使えるので購入するかもしれません。最近はWW2USモノでも高品質のレプリカが出ておりますが、コレクションする身としては、それらが決して「偽物」にならないよう願って止みません。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。




  

Posted by Sgt. Saunders at 12:05Comments(0)ドイツ軍(Germany)衣料品-Uniformen

2019年02月17日

US M19A1 弾薬箱(US M19A1 Ammunition Box)

皆さんこんにちは。
平年より少し冷えている大阪から定刻より一週間と3時間ほど遅れての投稿となりました。

前回の投稿画像で次の投稿ネタを予測できた方は少なくないと思います。
はい、前回お送りした米軍の「M1弾薬箱」の改良型である「M1A1」の後継モデル「M19」に、更に改良を加えた「M19A1 弾薬箱(Box, Ammunition, M19A1)」です。
WWII終結直後の1946年にはM1A1に替わりM19が登場しましたが、耐久性やその他の性能を向上・改良して1953年後半に新たに登場したのがこの「M19A1」です。現在でもなお製造され現役で使用されているため、サープラス品としても沢山出回っています。

↓まず、斜め横顔から。M1やM1A1と異なる点として側面に補強リブなどの加工は無いノッペリした容貌であること、および蓋の縁から側面へ伸びている斜めのスカートの存在が挙げられます。


↓中身が何であるかは黄色のゴムスタンプかステンシルで表されています。数量、口径、姿態、弾種、製造者などの情報が示されます。表記の仕様は年代により現在まで数度に亘り変更されています。


↓この個体では1975年までの表記方法で情報が記されています。(1行目)そのまま「200発のカート」、(2行目)「〇の中に+」の、薩摩藩・島津氏の「丸に十の字」の家紋そっくりのマークは「NATO規格」に準拠した弾薬であることを示します。「7.62MM」のNATO弾」が「M13」リンクで繋がっていて(『串に団子2つ』みたいなシンボルは『リンクで繋がっている』という意味です)、(3行目)「CARTONS」はボール紙包装(カートン)のことで弾薬箱の中で100発ごとに1箱で包装されているという意味です(Vノッチの照門が逆さになったようなシンボルは『カートンに入っている』ことを示します)。

(4行目)M62曳光弾1発とM80普通弾4発の交互組み合わせ(M62の前の横長四角は曳光弾を示すシンボル、M80の前の●は普通弾を示すシンボルです)。(5行目)FANCTIONAL LOT(機能的ロットとでも訳しましょうか、カートリッジ・リンク全体としてのロット)は「RA L 30-50(製造者はRemington Arms、『L』は『リンクされた』の意、ロット番号は30-50である)」との表示。 (6行目)M62曳光弾のロット番号はRA 10-23、(7行目)M80普通弾のロット番号はRA 1-50、その後ろ「70」は1970年梱包したとの意、「A131」はDODIC(Department of Defense Identification Code:国防省弾薬識別番号)で、「Cartridge, 7.62MM 4 BALL M80/1 TR M62(M80普通弾4発とM62曳光弾1発の交互組み合わせ)」であることを示します。

↓上面から蓋を見ます。取っ手(持ち手)の造りはWWIIのM1以来変わりません。側面と同じく黄色文字で「FOR M.G. M60 - M73」と、供用するべき銃器名が記されています。M60機関銃と車載用機関銃であるM73への供用向きであるということです。また初期のM19A1には蓋を閉じるためのクランプの付いている方の縁に弾薬を収めるべき方向(弾頭をどっち向けにして収めるか)を示すカート型の凸モールドが施されていましたが、いつ頃かは分かりませんが、この個体のように省かれていきました。恐らくリンク連結した弾薬だけにとどまらず、バンダリヤに入れたクリップ、「バラ」状態でのモノ、カートンに入れたモノ等々中に収める形態が多様になった頃から省かれていったのだと思います。M19ではカートの向きがペイントで表示されていました。


↓『串に団子2つ』のリンク連結シンボルと『カートン入り』シンボルがここにもあります。


↓蓋を留めるクランプが右側にあります。


↓円い穴の開いたレバーを起こすと


↓円い爪が鉤から解放されて


↓外してそのまま


↓上へ持ち上げて開きます。M1やM1A1とはクランプの構造・原理が異なります。


↓型押しされた薄い鋼板が蓋の裏面にスポット溶接されて、その周り・蓋の縁沿いに黒いゴムパッキンでシーリングされています。


↓内側です。底面には長方形の凸プレスが施されています。先代のM19には無かったものです。何の為かは後で。


↓留め金クランプを正面から。


↓四角いリングは運搬・荷役用の持ち手です。指で示しているのは本体の鋼板が熔接留めされている部分です。クランプのある面にこれがあるモノと、クランプとは反対側の面で熔接留めされているモノとがあります。色々調べましたが、メーカーにより違っているようです。


↓本体の鋼板が熔接留めされる側とは反対の側です。こちらにはメーカーのエンボス表示があります。いつ頃からかは未だ突き止めていませんが、メーカー名とともに「M19A1」とのモデル名と製造年の表示がされ始め、現在に至っています。この個体のメーカーが「YSE」とのことですが、実はまだそのメーカーの正式名称を知りません。


↓蓋と本体との結合部分(ヒンジ)を左のM1と比較しました。左のM1は大きいクリップに蓋のピンを噛ませているだけの簡単な構造で力技で下方へグイッと引けば外れます。右のM19A1は正に「蝶番」で、蓋を開いて右方向へずらしてやれば取り外すことができます。


↓さっき少し触れました底面の窪み(内側では凸)。箱を積み重ねる際に取っ手の部分がココに収まるようにするためです。WWIIのM1、M1A1には同じ目的のための溝が施されていましたが、M19では省かれてプレーンな造りでした。やっぱりあった方が良かったんでしょう、M19A1では復活しました。


↓底面と側面との接合。M1、M1A1での巻き締め加工とは異なり、「貼り合わせ熔接」みたいな形になってます。


↓蓋に戻ります。蓋のヒンジ側から開閉クランプ方向へと斜めに伸びているスカートとダミーカート先端で指している1cm程のディンプル。私初めてこれを認識した際は「蓋を開けようとしてクランプを外した際でも、ある程度は蓋と本体との間に摩擦テンションを掛けておいて、クランプを外しておいただけの状態でも蓋が不意にパカパカ開かないようにするためのモノだ」と思っておりました。しかし今回投稿するにあたっていろいろな資料を見ておりましたら、その役目だけでなく、スカートと一体となった共同目的があるということを知りました。それは…


↓給弾準備完了状態となった際に、斜めスカートは箱内部への雨水や砂塵等の侵入を防ぎながら、蓋のディンプルは本体の縁に掛かって蓋を少しだけ開いた状態に保ち、蓋がカートに干渉することを無くすという目的です。なるほど。それでスカートが斜めだったのですね。知りませんでした。


↓見やすいようにカートを除きました。


↓左のM1と右のM19A1のクランプ側部分の比較。製造工程が簡略化されてるなと素直に感じます。


↓画像上がM19A1、下がM1。

M19A1は横11インチ(約28cm)高さ7.25インチ(約18.4cm)奥行3.81インチ(約9.7cm)。
M1は横10.75インチ(約27.3cm)高さ7.25インチ(約18.4cm)奥行3.75インチ(約9.5cm)と、ほぼ同じ大きさです。


今回のモノは1970年のロット表示があるヴェトナム戦中モノです。欲を言えば1969年以前の表示モノ、上でも触れました蓋に弾薬収納方向のモールドのある初期生産モノをも狙っていますが、なかなか良い出物がありません。
また、黄色文字の内容表記も初期にはM1ガーランド銃用の「8発en-blocクリップ」や、時を経てM80 Ballばっかりのリンク、「OVERHEAD FIRE」表示のモノなどなどバリエーションが豊富で、その種類だけコレクションの対象としても面白いと思います。
色調はWWIIに比べるとやや暗く茶色が強くなってます。最近のモノは逆に明るくグレーの強いOD?になっています。

WWIIでの50口径用の弾薬箱「M2」とその後継「M2A1」もコレクションしていきたいのですが、M2A1は今回のM19A1同様現在も現役でサープラス品としても市場に沢山出回っていて1個だけ入手していますが、M2は非常に出物が少なくまだ入手出来ていません。見つけ次第狙っていきたいと思います。

弾薬箱は道具箱、収納ケースとして生活雑貨としての居場所があるので、綺麗なメーカー初出モノや廉価なサープラスモノの購入には一般家計から予算捻出させることも容易ですが、ヴィンテージモノの購入となると費目が私の「趣味・娯楽」になり、一般家計からの支出は無い訳で、なかなか費用工面が難しいところです。
ヴェトナム戦頃のモノは出物が少なくなってきていますが、価格の面ではまだ比較的入手しやすいです。オークションなどでは3,000円前後で程度の良いものが入手可能です。実は私も今回のM19A1は最近ヤフー・オークションで入手しました。90年代以降モノなら2,000円前後で入手可能です。送料を除けばアメリカ本土のミリタリーショップやサープラス業者などで、一箱800円!という価格で売られていることもあります。
ミリタリー・コレクションとしてではなく、機能面だけで弾薬箱を利用したい方であれば、日本でもハナから民生品として製造販売されているモノが新品で2,000円程で手に入ります。私はあくまでもミリタリー・コレクションとして見ていますので、傷があり、少々の錆もある弾薬箱の方が魅力的です。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。




  

Posted by Sgt. Saunders at 15:33Comments(0)米軍(U.S.)Fire arms-Related

2019年01月27日

US M1 30口径弾薬箱(M1 Cal. .30 Ammunition Box)

年明けからもうやがて1カ月経とうとしていますが、新年のご挨拶が未だでございます。明けましておめでとうございます。
今年も健気に細々とコレクションについて徒然なるままに書き連ねて参ります。ご意見・ご指摘等忌憚なく頂戴したいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


さて2019年最初の投稿ネタはWWIIに米軍で広く使用されたM1弾薬箱(M1 Cal..30 Ammunition Box(ドローイング#44070))です。
WWII米陸軍一般歩兵装備品・制式採用銃器アクセサリーを蒐集のメインとしている私としては、この弾薬箱はこの趣味を始めた当初から欲しておりました。もう20年程以上も前か、当時沖縄にあった某米軍払下げ店で何と2,000円だったか2,500円だったかで売りに出されていた際に迷わず購入したのが今回皆様の面前に晒すモノであります。
以下詳細に見て参ります。

↓まず斜め横顔。フラッシュを発光させて撮影しました。言い訳ですが、この画像がこの後出てくる画像の中で一番現物の色に近いモノとなっています。太陽光の下ではこの画像での色が一番近いです。WWII時に一番多く見られるODシェード#24087に最も近いように思います。

このモデルのような金属製の弾薬箱が開発される前は、弾薬箱は木製で防塵・防湿効果は低かったため、箱の内側で弾薬を錫や亜鉛メッキの鉄箔板で覆ったり、弾薬を缶詰にしたうえで弾薬箱に収めたりという方法で対処していました。

↓フラッシュ無しだとこんな感じです。太陽光の下では ↑ 、蛍光灯の下では ↓ というところです。


↓真正面。歪み防止のための二重の四角形のリブが型押しされている中に「CAL..30 M1 AMMUNITION BOX」とエンボスされています。この個体にはエンボスのほかには何も表記がありませんが、ステンシルで中身が何であるかを表記してある事も多くあります。左下方には四角形の小さなワイヤー・ハンドルがあります。上面の蓋は左上のヒンジを軸にして右上が上方から左へ回転して開きます。蓋は右側でクランプにより留められます。


↓M2トライポッド(三脚)に載せたM1919A4にフィードしてるの図で言えば、手前側の面がこの四角形の小さなワイヤー・ハンドルが付いている面になります。同じ画を撮ろうと思えば撮れるんですけど、場所が…。(画像引用元:browningmgs.com)


↓ボックスを縦に積み上げたり、M1917A1トライポッド(三脚)に搭載する際にこれがあるとやり易いと思います。思います、と言うのはM1917A1トライポッドを持ってませんのでやったことが無いからです。


↓反対側の面です。先ほどと同じ文言のエンボスと歪み防止のための二重の四角形のリブがあります。こちらの面には四角形の小さなワイヤー・ハンドルはありません。


↓蓋です。画像では取っ手の右側を上げてますが、ペタンと下ろして蓋上面に張り付かせることができます。蓋の縁の内側を一周している溝ですが、これは上に弾薬箱を積み重ねる際に左右にズレないよう箱の底面の凸凹パターンと合わさるようになっています。


↓蓋の留め金(クランプ)。


↓最下端が外側へ曲げられているバーを起こして…


↓蓋の端から繋がる四角のリングとの結合を外して…


↓蓋を開くことができます。


↓蓋の裏側です。密閉性を高めるため茶色~オレンジ色のフォーム材が縁沿いに充填されています。程なくもっと耐久性のあるゴム製のガスケットに替わります。M1の後継M1A1ではほぼ完全にゴム製となります。


↓蓋と本体とはこのようなヒンジで結合しています。少し力を入れれば外せます。ヒンジは製造者・時期により若干構造の異なるものがあります。まだ蒐集していません…。


↓ヒンジの下には製造者「CANCO」の楕円のロゴと「U.S.」、兵器部(Ordnance Department)のシンボル「フレイミング・ボム」。製造者は他にも「REEVES」とか「CROWN」、「Owens Illinois Can Company」などがあるそうです。REEVESとCROWNは見たことがあります。


↓閉める時は単純に逆の手順です。


↓バーの爪に四角リングを掛けて…(指で示しているのは先ほど見た広い方の面に付いている四角形のワイヤー・ハンドルと同じ「取っ手」です。蓋を開けた状態でM1917A1トライポッドに据え付ける際に使用します。蓋の開け閉めには関与しません。)


↓バーを下へグッと下げて…


↓バチンと閉めます。


↓バーの付け根のこの鉤状になっている部分は、M1917A1トライポッド(三脚)に搭載する際にブラケットへ引っ掛けて使います。この画像では見えませんが(2つ上の画像で見えます)、バーの下端近くにあるスリットもM1917A1トライポッドに搭載する際にブラケットの半円状突起に引っ掛けさせて使います。


↓一応真正面からも。


↓金属製リンクで連結された30-06弾なら250発が一まとめにされて収納されます。その場合の重さは約10キロです(22ポンド)。


↓箱の内側です。底には蓋の説明のところで触れましたように蓋の上面の凸凹溝に合わさるような凸凹溝があります。また、右寄りのところに弾薬の前後方向を正しく収納出来るよう弾薬のシルエットのエンボスがあります。


↓機関銃にフィードする上で、弾薬の向きが反対だったらエライことになりますわな。


↓底面です。上で見た「弾薬の向き」表示モールドと、蓋のところで触れましたように、積み重ねた時にズレないようにするための、蓋の凹に合う凸リブが設えられています。



以上細かく見て参りましたが如何でしたでしょうか?
M1の改良版である後継のM1A1については私、未だ蒐集出来ていません。数年前に一度結構廉価で出物があったのですが、そのうちに…と思っておりましたら最近は出物も少なく価格も高騰してきてまして、もういいかなとも思っております。
M1A1のさらに改良版と言いますか改定版であるM19、M19A1もコレクションに入れたいと思い、M19A1は入手できたもののレアなM19は未だ入手出来ていません…。

弾薬箱は「容器」ですので、家の中でも色んな用途に使え、しかも密閉性が良いので重宝します。
この記事を書いてると、やっぱりM1919A4をM2トライポッドに載せてこのM1アンモボックスと合わせて画像を撮ってみたくなりました。
でもその場所が問題で、建売住居の狭い「庭」ではなかなか難しく、どこか他所へもって行かないとならないので実行する障壁が多々あり困難です。


それでは今回はこの辺で失礼いたします。ありがとうございました。







  

Posted by Sgt. Saunders at 12:20Comments(0)米軍(U.S.)Fire arms-RelatedFire arms

2018年12月30日

M2 .30-06弾をM1リンクで弾帯に(M2 .30-06 Ball in M1 metalic link )

皆さん、こんにちは。
歳末の大掃除、年越し準備にお忙しい中おいでいただきましてありがとうございます。
私も家の中の大掃除を応分に担いながら、隙間を縫って本年最後の投稿を行います。
隔週日曜日の正午に新規投稿を行うという自主目標と言いますか、半ば強迫観念に囚われてながら、執念でお送りします。でもいつものようにちょっと遅れましたけど。

今回の本年最後の投稿ネタはM1919A4.30口径ブローニング機関銃と組み合わせて楽しめる.30-06弾ベルトリンクを作るのに必要なM1メタリック・ベルト・カートリッジ・リンクです。
↓もっと長く連結してこれ単体を肩から無造作に掛けてもリエンナクトで楽しめますし、もちろんM1919A4にフィードさせてもワクワクできます。


↓きれいに磨いたら良かったですね。特に弾丸の銅色を綺麗に見せられれば良かったなぁと後悔しています。


↓この末端の長いバーですが、何だかお分かりいただけますか?「M1 caliber .30 metalic belt end」、つまりはスターター・タブです。


↓手近の米軍のTM(Technical Manual)9-2012からの抜粋ページです。一番下にあるのがこれです。「End, metalic belt, cal. .30, M1」が制式名称です。


↓普通のベルト・リンクと同様の要領でベルト末端となる弾薬に繋ぎます。


↓こんな風にです。


↓はい、やっとリンクです。見にくいですが3行に分けて「M1」、「WM」、「1」と刻印されてます。制式名称は「Link, Cartridge, Metalic belt, M1」です。「WM」とは製造者「WELLS MARINE Inc.」の意です。「1」はロット番号です。


↓つなぎ方は簡単です。リンク同士を組み合わせたところに、弾薬を後ろから挿すだけです。


↓ピンボケですみません。


↓もう一回刻印のアップです。あとでお見せしますがこのリンクが収められていたボール紙製の箱から出したばかりなので、ボール紙の紙繊維が若干リンクにまとわりついていますね。


↓手前側が弾頭側です。薬莢のボトルネック・ショルダー部に掛かる方で、後ろの輪よりも小さく、且つテーパーが掛かっているのがお分かりいただけますか?


↓リンクはこのような窓開きのボール紙製の箱に整列した形で入手しました。


↓中身を出す前の状態。


↓「こっちが上」で…


↓「二重ループの方を先にフィードせよ」とあります。


↓「こちら側を開けよ」とのこと。これらの文言は、リンクに弾薬をまとめてセットするのに使う「リンカー」にこのリンクを並べる際の注意書きです。実際のフィード方向とも一致します。


↓箱の裏側の表記。「30口径カートリッジ用『Link, Cartridge, Metalic belt, M1』20個入り」、「WELLS MARINE Inc.」製。


↓特に意味は無いですが拡大。Wells Marine Inc.は現在もこの手の製品の供給者の一つです。



以上です。これらは入手してからカレコレ10年程は経ちますでしょうか。今ならダミーカートはおろか、リンクも個人輸入出来ないかもしれません。20個入りリンクの箱は纏めて7箱程アメリカから個人輸入しましたが、当時は何も物言いは付きませんでした。価格は一箱$4.99位のサープラス価格でしたので、若し税関から物言いが付いて任意放棄となってもギリギリ惜しくないラインでもあったため輸入を決行したのでした。5.56NATO用のM27リンクは現用なので流通量は多いですが、7.62NATO用のM13リンクや特に今回のM1リンクは現役から外れて長いためか、あまり流通してないようで、見つけ次第また入手に努めようと思います。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。2018年中のご訪問ありがとうございました。来たる2019年もどうぞよろしくお願い致します。


  

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2018年12月16日

M1961マガジン・ポケット再び(M1961 Magazine Pocket for M14 Rifle)

皆さんこんにちは。
寒さ厳しい、と言っても一日の最低気温が氷点下になる事は無い当地大阪から、年賀状はおろか大掃除の計画すらまだ立てていない怠け者が今回いつものペースより速くお送りするのはM14ライフル用のマガジン・ポケット、M1961マガジン・ポケットです。

以前の記事「M1961マガジン・ポケット(Magazine Pocket for M14 Rifle)」で一度採り上げましたが、今般新たに入手した品と対比させてご覧頂きます。

↓左は従前からのコレクション、右が今般入手したビニールパックされているモノです。パックされている事が購入動機の最大要因です。中身の丈が左のモノに比べて短いのはフラップをスナップ・ボタンで留めずに折り畳んでいるからです。


↓裏側です。右のビニールパックの方は光が反射して良く見えませんね。すみません。パックの内側には品名等が記された紙片が封入されています。これも購入動機の一つです。


↓保管中に結露して染料が染み出したかのような跡があります。真相は不明です。入手時には既にこのようになっていました。


↓紙片の拡大です。読み取れるのは「8465」で始まる13ケタのNSNナンバー、品名が「マガジン・パウチ」、「一個入」と、4行目は詳しくは分かりませんが恐らく「1976年5月契約(もしくは製造)」だと思います。興味深いのは、M14ライフルが1967年に制式小銃の座をM16ライフルに譲って限定採用(Limited Standard)となってしまい、1970年までは米本土での基礎訓練や在欧州米軍で使用されたとは言え、そのM14ライフル用のマガジン・パウチが、何故紙片の記載にあるように1976年においてまだ製造・契約があったのかということです。

確かにM14ライフルの一部はM21狙撃銃へと改修され、1988年にレミントンM700ライフルを基にM24スナイパー・ウェポン・システムが採用されるに至るまで約20年程は使用され続けましたが、その間もM14ライフルのマガジン・パウチとして製造されていたことに感銘を受けました。

↓左のパウチのフラップの裏のスタンプ、名称は「POCKET, AMMO MAG, M-14 RIFLE」とあります。DSAは「100-4592」とあり、「100-xxxx」という表記から1965年から1966年頃の製造であると推察されます。最下行のFSNは「8465-823-6936」となってます。右の今回入手のモノは上の画像で見た通り、NSNが「8465-00-860-0259 」となっています。どちらの品も制式名称は「POCKET, AMMUNITION MAGAZINE」です。紙片には「ポケット」ではなく「パウチ」とありますが…。

因みにこのNSN「8465-00-860-0259 」の制定は1967年10月11日なのです。

ビニールパックを開けて中のポケットのスタンプを見てみたいとも思うのですが、思い切りが付きません。FNSナンバーはそのままでパックだけNSNでなされたのか、スタンプもNSNになっているのか、確かめてみたいのですけれども、「未開封」の呪縛で…。


以上「デッド・ストック」、「新品・未使用」というワードに弱いコレクターの蒐集遍歴の一つをご覧頂きました。
モノは同じでも制式名称やストック・ナンバー、FSN、NSNが違うというケースは枚挙に暇がありません。今後またそのような例について投稿記事として採り上げることがあると思います。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。運が良ければまた年内にお会いしましょう。さようなら。