プロフィール
Sgt. Saunders
Sgt. Saunders
少ない軍資金でコツコツ集めてウン十余年。
基本はWWⅡUS陸軍歩兵科です。US​WWⅠ​モノ、朝鮮戦争モノ、ヴェトナム戦争モノ、WWⅡドイツ軍モノ、大日本帝国海・陸軍モノにもチョロチョロ手を出す癖アリ。
また軍用銃、特にWWⅠ以降のUS・ドイツのものに深い興味があります。
Have been interested in the equipments of U.S. infantryman, heavy emphasis on WW2. Also in those of The Third Reich and military small arms.
好きなTV映画(Favorite TV movies):COMBAT! 、OK捕虜収容所(Hogan's Heroes)、特攻・ギャリソンゴリラ(Garrison's Gorillas)、ラット・パトロール(The Rat Patrol)、M*A*S*H、頭上の敵機(爆撃命令)(12 O'clock High)、0011ナポレオン・ソロ(The Man from U.N.C.L.E.)バンド・オブ・ブラザース(The Band Of Brothers)など。
好きな映画(Favorite films):チャップリンの独裁者(The Dictator)、プライベート・ライアン(saving private ryan)、最近ではフューリー(Fury)など。
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2018年10月14日

US M9 ピストルのマガジン(Magazine for US M9 9mm semiautomatic Pistol)

皆さんこんにちは。
金木犀の芳しい香りがふんわりと朝の空気に溶け込んで漂う季節となりました。
当地大阪は、朝晩はヒンヤリするようになりましたが、お天気が良いと昼間は汗ばむこともあり、服装の調節が難しいです。
今回も定刻から1週間と2時間余り過ぎての投稿です。

私の重点的コレクション対象はWWIIUS陸軍歩兵科兵士の一般的装備品ですが、そのほかWWIからWWII、ヴェトナム戦争を経て1990年代までの米軍が使用・制式採用した銃器にも興味を持っているところです。
WWI前に採用され、その安定した堅牢さ・メンテナンスの容易さ等から約70年もの長きに亘って制式拳銃の座にあったM1911(A1)(通称ガバメント)に代わり、より時代に適合したモノとしてトライアルを通過して新たに制式採用されたのがベレッタ社のModello 92F、即ちM9ピストル(M9 9mm Semiautomatic Pistol)です。
で、そのM9ピストル、ではなく、そのマガジンが今回の投稿ネタです。

↓ダブル・カラム-シングル・フィードです。複列配置から単列になっていく部分で給弾不良が起こらないか未だに不安です。実銃を撃つ事は無いのにです。画像に写っているカートはモデルガン用のカートリッジです。マガジン・チューブはリン酸塩皮膜処理(パーカライジング)が施されています。


↓ガバメント(左)のマガジンには.45口径ACPが7発入りますが、M9(右)には9mmパラベラムが何と15発も入ります。多弾装なのは良いのですが、.45ACPと比較して見るからに華奢な感じの9mmパラベラムでは、自分が撃つ機会も無いクセに、幾ら多弾装でも何か不安感を覚えました。普段から撃ち慣れている人はそれぞれの良さを分かっていらっしゃるので、私のようにただデカさだけでしかその弾のイメージを持てない者が何を言うかと仰るでしょうね。.45ACPの「ストッピング・パワー神話」に侵されていると思います。


↓ちょっと今回の投稿テーマからは離れますが、9mmと.45口径の比較です。(過去記事(ドイツ軍08式ピストル弾 (Pistolenpatrone 08) )の画像で恐縮です。)


↓はい、すみません。M9に戻ります。米陸軍発行のテクニカル・マニュアル(Tecnical Manual(TM)) 9-1005-317-10の1985年6月版の表紙です。M9採用当初は、マガジンのフロアー・プレートはまるでマガジン・バンパーが後付けされたように見える厚い部品でした。マルイのガスガンでもM9はモデル化されてますが、やはりこの厚底タイプのマガジンになってます。


↓マニュアルの中身のマガジン分解方法の図です。①で示されているフロアー・プレートは先端部で最大7mm位の厚みがあります。


↓銃に装着した図ですが、フロアー・プレート先端はグリップのフロントラインと「ツライチ」になり、フィンガーレストのような前への出っ張りはありません。


↓一方こちらのフィールド・マニュアル(Field Manual(FM))23-35(3-23.35)2003年6月版では、マガジンのフロアー・プレートは金属板をプレスして作られた部品になってます。モデル92F以前のモデル92の時代のマガジンと酷似しています。あとで出て来ますが、製造工程とコストの減少及び耐久性が向上したモノであるとのパテントを持つのだそうです。


↓では、やっと現物をご覧いただきます。左側面です。前方中程にマガジン・キャッチの掛かるスリット。上端にスライド・ストッパーが入るためのスリットがあります。


↓こちら側には「SER: 9MM 9/01 CHECK-MATE IND., INC. WYANDANCH, N.Y.USA」の刻印。最初の「SER」は「Series」でしょうか?。2001年9月ニューヨーク州ワイヤンダンチのチェック=メイト・インダストリー株式会社製。


↓右側面です。左側面と同じように前方中程にマガジン・キャッチの掛かるスリットがあります。M9がアンビデクストラス仕様なので当然マガジンもそれに対応させたまでの事です。


↓こちら側には「"ASS'Y 9346413」と部品番号の刻印から始まって「RESTRICTED-LAW ENFORCEMENT/GOVERNMENT USE ONLY"」と、「法執行機関/政府機関のみに使用が制限される」とのよく見る注意書きがあります。


↓フォロワーです。樹脂製です。


↓背面です。装填している弾の数をカウントする目安となる残弾目安確認孔があります。


↓5発・10発・15発を示すようになってます。


↓フロアー・プレートです。パテントの表示「U.S. PATENT 6,055,758」は、先ほど触れましたフロアー・プレートの製造過程・機能性についてのモノです。グーグルなどで検索すればどのようなものか詳しく分かりますので、より深く追究してみたい方はどうぞ。ここでは割愛します。画像左側に「342」と、前オーナー?が引っ掻いて書いた番号があります。


↓ここからはマガジンを分解していきます。まずフロアー・プレート中央から覗くフロアー・プレート・リテイナーのスタッド部分を下へ押さえつけてロックを解除して…



↓フロアー・プレートを前方へスライドさせます。


↓後ろから見ると、この状態から...


↓この状態になります。


↓更にフロアー・プレートを前方へスライドさせて…


↓フロアー・プレート・リテイナーをバネのテンションで飛び出してこないように指で押さえてフロアー・プレートを取り去ります。もう取り去ってますが。


↓フロアー・プレート・リテイナーのスタッドは別部品ではなく凸に加工されているだけの「一体モノ」です。


↓マガジン・スプリングにこの様な方法で結合しています。


↓あとは引き抜いてバラすだけです。


↓このようにフロアー・プレート・リテイナーのスタッドがフロアー・プレートの真ん中の孔に噛み合うことによってフロアー・プレートが定位置に固定されます。


↓はい、解剖図です。


↓はい、一応反対側(裏側)もご覧ください。



以上、M9ピストルのマガジンの分解・解剖図(Anatomy & Disassembly method of the Magazine for M9 pistol)でした。
いかがでしたか?

近年実銃関係のアクセサリー・付属品の価格はどんどん高騰していますし、当地大阪では入手機会がなかなかありません。
個人輸入の道は阻まれて久しく、大昔入手したモノを維持・保存する事しかできません。M9の実銃マガジンはこれ一つしかコレクションしていません。大事にしたいと思います。

銃本体の輸入禁止は当然ですが、マガジンくらい何とかならないものでしょうか。業者による軍払下げ品の国内での販売・購入・所持は良くて、同じモノを海外から個人輸入するのはダメという趣旨が分かりません。軍が持ち込んだモノで、特に危険なモノでなければ良いということでしょうね。


それでは今回はこの辺で失礼いたします。ありがとうございました。



  

Posted by Sgt. Saunders at 14:37Comments(0)米軍(U.S.)Fire arms

2018年09月23日

M-1943/M-1956ショベル・キャリア(Carrier, Intrenching Tool, M-1943/56)

M-1943/M-1956ショベル・キャリアの変遷(The changes on M-1943/M-1956 shovel carriers' features)

みなさんこんにちは。
自民党総裁選挙、おめでたい安倍総裁におめでとうと申し上げます。
近所の児童公園の真ん中に1本そびえていた大きなモミジバフウの木が、先日近畿地方を縦断した台風21号の猛烈な風を受けながらも必死に耐え抜いたように見えたのですが、風で幹が10度ほど傾き、その反対側の根の中・末端部分が地面を割って地表へせり上がって露出してしまいました。元通りに埋め戻されるのかどうか心配しておりましたが、根を埋め戻す労を厭うたのか、我が自治体の公園管理担当部署は幹を根元から80cm辺りの所で切断して撤去してしまいました。公園のシンボルにもなっていた大木が無くなってしまい、寂しさを禁じ得ません。


さて、定刻を一週間と1時間ほど過ぎて今回お送りするのはまたショベル絡みモノです...。もう飽きましたか?いやしかし最近のショベル本体の投稿に伴って手元にブツが集まっている今これをやらなければ、次にやろうと思う機会が訪れないのではと思いますので今やります。どうかお付き合いください。

↓まず「M-1943」のヴァリエーション違い4種を一挙にご覧いただきます。説明の便宜上①から④の番号を付けました。製造時期順になっています。なおお断りしておきますが、スタンプや縫製等に係るヴァリエーション違いはここで挙げるもの以下にも膨大に存在します。あくまでも私が現在コレクションしているモノのみについて触れていますことをご理解ください。

①から③は色目の違いはありますが表ヅラはほぼ同じです。スペックの上では、色合いは当初はODシェード#9、1943年後期頃からはODシェード#7が用いられ始め、製造時期によりそれぞれのシェードを持つ縁取りテープや本体生地の部材等が入り混じって作られたモノ(「トランジション」)が発生しました。これはショベル・キャリアに限らず、この時期の装備品全般に共通する事です。①は本体生地・縁取りテープともODシェード#9です(縁取りテープの色調が若干本体よりも濃いのでODシェード#7かと誤認しそうになりますが、これは染められたモノ固有の色褪せ具合でそのように見えているだけです。)。一方②から④も褪色具合に由来して個体により若干の濃淡は認められますが、OD#7です。その他の大きな差異としては①から③のフラップの留め具はLift-the-Dotであるのに対し、④のみスナップ・ボタンとなっていることくらいです。

↓裏面です。裏面は①が固定のダブル・フック・ワイヤ・ハンガーを持っているのに対し、②から④はダブル・フック・ワイヤ・ハンガーの位置を高中低の3パターンから選択できるようになっています。また①ではショベルを収納した時に匙部先端が当たる下端部にウェブ生地(OD#7)が当てられて補強されていますが、②~④ではこの部分と背面側の両サイドはダック生地を2枚重ね構造にして強度を持たせてあります。①はフラップとそれに続く背面側、表面側すべてがダック生地1枚構造になっています。②は背面側両サイドがダック生地2枚重ね構造で、フラップと表面側は1枚構造になっています。③④も背面側両サイドがダック生地2枚重ね構造で、フラップが1枚構造(留め具部分だけ2枚構造)、表面側が上部4cm程だけが2枚構造になっています。


↓それでは2つづつ時系列に沿って見ていきます。外見はどちらも同じですが、差異が一点。①②の両方とも表面内側にはショベルを収納した時にブレードの縁が当たる部分に茶革の補強(青矢印)があり、その末端が表面に折り返されて1cm~2cm程見えています。一方①には背面内側にも茶革の補強(赤矢印)がありまして、②にはありません。これは元来①の全体構造がダック生地1枚構造になっており、ブレード縁が当たる部分の強度が足りず、その補強のために表面内側・背面内側の両方に革が当てられたもので、②に背面内側に補強革が無いのは上でも述べましたように背面側両サイドがダック生地2枚重ね構造になっており、背面内側には補強は必要ないとの判断によるものだと思われます。スタンプから①は1943年製、②は1949年製である事が分かります。


↓背面側から。既に触れましたように①の背面には背面内側にも革の補強が施されていることが分かるステッチ(黒矢印)が見えます。冒頭の画像の②から④の表側にも同じステッチがあり、表内側に補強革があるのが分かります。②ではダブル・フック・ワイヤ・ハンガーを任意の位置(高さ)に移動させられるようになっており、兵士の体格や何処にぶら下げるかを考えて位置を変えることが出来ます。


↓②と③の対比です。②では表内側の補強革の末端が表面へ折り返されて1cm程見えていますが、③では表面へ折り返されることなく、表内側の補強革は赤矢印のステッチの部分までしかありません。水色矢印のところまで上部4cm程がダック生地2枚構造になっているので強度は十分だと判断されたのだと思います。
他の差異としてはフラップ上端のLift-the-Dotのある部分が③では補強のためウェブ生地2枚構造になっているのと、フラップの内側のショベル収納時にヒンジが当たる部分の補強が、②ではウェブ・テープが縦にチョンと短く貼り付けられていたのが、③では横に大きく長く貼り付けられており、ヒンジだけでなくブレードの後端全部分をカバーするようになってます。


↓裏面です。ヒンジ部の補強のためのウェブ・テープ貼り付けのステッチが異なるのは当然ですね。他の差異としては③ではダブル・フック・ワイヤ・ハンガーの上にウェブ・テープのループが設えられています。


↓拡大しました。このループに背嚢(M-1944(正しくは「Pack, Field, Combat」)やその後継の「Pack, Field, Combat, M-1945」)のストラップを通して用います。


↓スタンプの拡大です。

CARRIER, SHOVEL, INTRENCHING M-1943
5140-261-4993              FIA-381
CHAMPION CANVAS CO.         1957
とありまして、1行目は制式名称ですが、2行目はまずFSN(Federal Stock Number)です。最初の4ケタ(Federal Supply Classification Group)が5140となっており「Hand Tools, Non-Edged, Non-Powered(ハンド・ツール、刃は無し、動力無し)」に分類されています。あとで見る④ではここが8456となって「Individual Equipment(個人装備品)」の括りに改めて分類されます。続く7ケタ(Federal Item Identification Number (FIIN))は同じです。そのずっと後ろの「FIA-381」の意味が不明です。どなたかお知恵を授けて下さいませんでしょうか。今回いろいろ調べましたが分かりませんでした。3行目は製造者名と製造年です。

↓次は③と④です。違いはフラップの留め具がLift-the-Dotからスナップ・ボタンに変わったことのみです。


↓④の裏面です。③と同じくダブル・フック・ワイヤ・ハンガーの上にウェブ・テープのループが設えられています。


↓スタンプです。一部かすれていますが、

M-1945 CARRIER
INTRENCHING TOOL
8456-261-4993
DSA100-68-C-321
1、2行目は制式名称、3行目はFSN、4行目はDSA(Defense Supply Agency )ナンバーです。契約が1968年会計年度であることが分かります。

↓最後に「M-1956 INTRENCHING TOOL CARRIER」を1つ。M1956は1つしかコレクションしてません。ダブル・フック・ワイヤ・ハンガーによる装備連結を主体とする「M-1910システム」から、新たにスライド・キーパーによる装備連結を導入した「M-1956システム(M-1956 Load-Carrying Equipment)」の構成要素の一つです。


↓フラップ裏面のショベルのヒンジが当たる部分の補強がこれまで見て来たものと違い、スナップ・ボタン周りの補強と併せて縦に長くウェブ・テープが貼り付けられています。それよりももっと大きく異なるのは見てお分かりの通り、銃剣を下げるためのアイレット・タブと固定ストラップが加えられたことです。ただでさえピストルベルトへ装着する装備品が多い中、ショベル・キャリアーをピストルベルトに装着したら銃剣はどこに吊ればいいのじゃとの声に応え、キャリアに銃剣を吊るという解決策を見出したのです。アイレット・タブの下側にはご丁寧に革で補強が施されています。

WWIIではドイツ軍が同じように銃剣をスコップに上手く纏めてましたね。それも参考にしたんでしょうね。

↓M8A1スキャバードを装着してみました。ダブル・フック・ワイヤ・ハンガーをアイレット・タブに装着し、バタつき防止ストラップで…


↓このように留めて完了。


↓銃剣を収めました。


↓裏面です。ピストルベルトへは2つのスライドキーパーで装着します。そのほかの構造は今までのモノと大差ありません。


↓スタンプです。

CARRIER, INTRENCHING TOOL
M-1956
DSA-1-143-E-62
FSN-8465-542-5842
制式名称、DSA(Defense Supply Agency)ナンバー(1962年会計年度契約である事が分かります)とFSN。Federal Item Identification Number (FIIN)がM-1943とは別の番号が割り振られているのは制式名称が別ですから当然ですね。サイズの大きい「07」は単なるロット番号です。

↓キャリア内側です。ブレード縁対策の革補強は②と同じパターンです。背面側はダック生地1枚仕立てであるのに内側の革補強がありません。ヒンジの当たる部分の更に下に革の補強が入れられています。これは中に収納するモノが、ショベルブレードのみを有しているM-1943イントレンチング・ショベルから、ツルハシ(ピック)が追加されたM-1951イントレンチング・ツールへと変化し、厚みが増した分テンションがより掛かることとなった部分に補強を加えて対応したのだと推察します。それ以外に補強を加える理由が分かりません。


如何でしたでしょうか?
サバゲにはこのエントレンチング・ツール・キャリアにしっかりショベルを格納してベルトから提げて或いは背嚢と共に担いで参加する方はあまりいないと思いますが、リエナクト的要素を入れるのが好きな方はその重さに耐えうる筋力が必要ですね。
最後に挙げたM-1956キャリアですと程度に拘らなければ現在でも単体で3,000円位から入手できます。海外でもそう困難無く手に入ります。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。ありがとうございました。









  

Posted by Sgt. Saunders at 13:25Comments(0)米軍(U.S.)Intrenching tools

2018年09月02日

M-1951イントレンチング・ツール(M-1951 Intrenching Tool)

皆さんこんにちは。
台風21号が接近しつつあり、4日には雨風がとても強くなるとの予報が出ております当地大阪、今朝方は晴れて風もそれほど強くなく、時折ツクツクボウシの鳴き声が響き、至って平穏な晩夏を迎えております。定刻を3時間余り過ぎての投稿です。

さて今回採り上げますのは2回前にお送りしました記事「M-1943イントレンチング・ショベル(M-1943 Intrenching Shovel)」(←過去記事を別ウィンドウで開きます。今回の記事と並べてご覧頂くと相違点が良くお分かりいただけると思います。)の後継モデルとなります「M-1951イントレンチング・ツール(M-1951 Intrenching Tool)」です。土を掘るためのショベルに、固い地面を穿ち掘り起こすための「ピック・ブレード(ツルハシ)」を加えて、より一層塹壕を構築しやすく改良されました。また同時にこのM-1951イントレンチング・ツールは旧式のM-1910ピック・マトックの役割も引き継いで置換されることとなりました。

↓まずはキャリアーに収まっている図からご覧ください。


↓フラップを開けます。


↓上へ引き上げて、


↓はい、引き上げて…と、


↓抜き取りました。柄は木製でショベル・ブレード(匙部)は鋼製で、全体がOD色で塗装されているのはM-1943と同じです。OD色の色調はヘルメットの塗装等と同様WWII時のやや暗いODから、もっと明るいODへと変わりました。このM-1951は、畢竟「M-1943にピック・ブレードを追加したモノ」であると言えます。


↓M-1943と並べてみましょう。上は前回出たM-1943、下が今回登場のM-1951です。塗装の色調の違いがお分かりいただけると思います。また、M-1943はショベル・ブレードが角ばった五角形のホームベース型と言えるのに対し、M-1951は弾丸型と言いますか、角が丸められています。また、その趣旨が分からないのですが、M-1951のブレードの両隅には直径9mm程の孔が空けられました。何のためなのでしょうか?


↓ブレードの長さは全く同じです。上↑の画像では手前側のM-1951のブレードがM-1943よりも長く見えていますが、レンズの所為です。
M-1943では固定ナットが見えますが、M-1951では固定ナットがピック・ブレードに覆われて見えにくいですね。ピック・ブレードそのものが柄と色が同じなので溶け込んで見辛くくなっています。
ブレードとヒンジとはどちらも4つのリベットで結合されています。


↓柄を横から見ました。上で触れたピック・ブレードの位置関係がお分かりいただけます。M-1951の柄の末端には孔が穿ってあり、例えばフックに引っ掛けておける等、少し便利です。また、この画像では分かり辛いですが、柄の形状が、M-1943では太い部分・くびれている部分とも断面は円形なのに対して、M-1951ではくびれている部分は楕円形です。2つ上の画像ではどちらも同じ程度のくびれがありますが、本画像ではM-1951の横から見たくびれが小さいのがお分かりいただけますでしょうか?


↓再びM-1951を。この視点からは柄のくびれが大きいのが分かります。上の画像の角度からだとあまりくびれていないのがお分かりいただけると思います。
本個体はブレード先端に錆はありますが、それ程使い込まれてなかった様です。ブレードのOD塗装の剥げ具合が比較的少なく、柄の塗装もかなり残っています。

↓ショベル・ブレード裏側の拡大です。丸みを帯びた形状は、「イザとなれば白兵戦の武器になる」というのを忘れさせそうです。


↓ブレードの表側です。厚く頑丈なピック・ブレードがショベル・ブレードの反対側にセットされています。


↓ショベル・ブレード隅に施された刻印。

U.S.
H-W
1952
とあり、1952年H-W社製造であることが分かります。と言っておきながら、実はまだ「H-W」についてさっぱり分かっていません。
本個体はM-1951が世に出て間もない1952年製ですが、M-1951自体はその後ヴェトナム戦争後期の1969年に3つ折りの新型イントレンチング・ツールが採用されるまで同一スペックで製造・支給が続けられました。代表的な製造者としてはWWII時代から納入が続く「AMES」社が有名です。

↓ソケット・固定ナット・ワッシャー・ヒンジ部を横から見た図です。


↓まずは固定ナットを...、


↓普通のネジと同様回転して緩め…、


↓はい、緩めて…、


↓ピック・ブレードのみを起こして「片ツルハシ」として使うようにしてみましょうか。


↓この角度まで起こしてナットを…、


↓締めます。


↓はい、「片ツルハシ」になりました。


↓ナットを緩めてピック・ブレードを柄とに一直線になるようにしてナットを締めれば、これ何になったと言えますでしょうか?銛(モリ)?鎗(ヤリ)?ちょっと寸足らずですが銃剣術に使えるような...。


↓ショベル・ブレードも起こして、「ピック・マトック」になりました。


↓ショベル・ブレードのみ起こせば「鍬」になるのはM-1943と同様です。


↓ショベル・ブレードを伸ばして「ショベル・モード」です。


↓ヒンジ部分の拡大です。ショベル・ブレードのヒンジの外側にピック・ブレードのヒンジが被さる形になってます。


↓ピック・ブレードを拡大。先端には35度位で刃が付けられています。


↓反対側から。厚みは6~7mm程あり、朝鮮半島の高地凍土をも穿つのに十分そう?です。


↓M-1943イントレンチング・ショベル・キャリアに代わり、ヴェトナム戦争の勃発前に制式化されたいわゆるM1956装備(M1956 Individual Load-Carrying Equipment)の一構成要素としての、新しいキャリア「M-1956イントレンチング・ツール・キャリア」に収まった図です。


↓ピック・ブレードが付いていないM-1943イントレンチング・ショベルを収めるためのM-1943イントレンチング・ショベル・キャリアに、ピック・ブレードの付いたM-1951が収まるのか試しましたが、このように特に支障なく収まりました。若干パッツンパッツンな気もしないではないですが。



以上見て参りましたが、如何でしたでしょうか?

M-1943の後継・改良と併せ、旧式で重く嵩張る分解式のM-1910ピック・マトックとを統合して1951年に制式化され実際の支給・配備は1952年からとなった今回のM-1951ですが、実は既に1944年の終わり頃には需品部(QM)はM-1943にピックを追加するトライアルに着手しており、そうこうしているうちに大戦が終結してしまったのですが、その後研究が続けられてM-1951へと発展したのでした。

M-1943と同じく、あまり市場では人気がないのか出物は少ないですが、ある程度状態のいいモノが大体5,000円前後で入手可能です。ヴェトナム戦のモノは比較的見つけやすいです。今回の個体のように1950年代製のモノは見る機会が少なくなってきたと思います。



それでは今回はこの辺で失礼いたします。台風の襲来には十分気を付けましょう。さようなら。


  

Posted by Sgt. Saunders at 15:24Comments(0)米軍(U.S.)Intrenching tools

2018年08月19日

USMC M1カービン用初期型マガジンパウチ(USMC M1 Carbine Mag Pouch 1st design)

こんにちは。ご覧頂きありがとうございます。
当地大阪では日中は最高気温が33℃前後にはなるものの、一昨日前から急に朝晩涼しくなってます。熱帯夜にもならず、夜は網戸越しの風が涼しく、エアコン無しで快適に就寝できます。まあまた再び残暑が戻ってくるとは思いますが、しばし「昭和中~末期ごろの夏」を体感できると思います。
前回の投稿からまた少し時間が空いたのは仕事上の環境変化(いわゆる人事異動です)の余波で、まとまった時間が取れなかったからです。隔週日曜日の正午を投稿の定刻とするという自主目標を設定しております当ブログですが、色んな理由で投稿が遅くなるのはどうぞお許しください(タイトルに『徒然草』と入っていますから賢明なる皆様ならばご理解下さると思います...)。

さて今回お届けするのは、過去の投稿分への追補のようなものとなります。今般新たに入手したコレクション(recent aquisitionと言えば恰好良い?)を、過去に採り上げたモノと併せてご覧いただきます。

↓USMC(アメリカ海兵隊)がWWIIで採用したM1カービン用マガジン・パウチの「初期型」2個体です。

コレクター間での「初期型」とか「後期型」などの呼称については、「そのモノが何であるか、どういったモノであるか」を認識するための「俗称」であることに注意して用いれば問題はありませんが、いわゆる「初期型」・「後期型」のそれぞれに制式名称が与えられているモノについては、やはり単に「初期型」・「後期型」という俗称だけでなく、俗称と併せて制式名称を示す事が大切であると従来から思っているところであります。しかし今回採り上げますモノの「正式名称」については恥ずかしながら今のところほとんど把握しておりません。海兵隊装備(いわゆる『782 Gear』)については初学者も初学者。軍発行のマニュアル、公式なカタログ類を具に見たことがありません。本来私のコレクション対象は「米陸軍WWII一般歩兵装備品」ですので今回採り上げる海兵隊装備は「寄り道コレクション」に入ります。でも太平洋戦域での海兵隊装備にも若干の興味はありまして、「最低限一式」の装備品はコレクションできたらいいなとは思っております。このような事情を踏まえてご覧下さると幸甚です。

↓で、この2つのマガジン・パウチなのですが、「USMC用のM1カービン用15連マガジン・パウチ(初期型)」とここでは呼称することといたします。且つ、のち程触れますがM1911(A1)ピストル用7連マガジン用のマガジン・パウチとしても使われることもあるというシロモノです。外見や構造は、陸軍用の一般的なM1カービン用マガジン・ポケットと良く似ています。背面は大きなループ状になっていて、M1カービンのストックに通しても使える形状になっているのも陸軍用のポケットと同様です。


↓背面です。上述しましたように陸軍用のM1カービン用ポケットと同じくループ構造になっています。本来はM1936ピストル・ベルトをループに通してスナップ・ボタンで固定して使うようになっています。ただ、画像右側のモノにはそのスナップ・ボタンが見えますが、左側のモノにはありません。スナップがあるべき箇所辺りにある小さい穴はスナップがもげた跡でしょうか、それとも最初から設えられていなかったのか定かではありません。ひょっとしたら「初期型」の中でも「超初期型」にはスナップ・ボタンが無かったのでしょうか?分かりません。

左側のモノは縁のテープがOD#7 で、本体ダック(ズック)地はOD#9(サンド/タン色)のいわゆるトランジション物、右側のモノはOD#3です。
スタンプはどちらも
BOYT -44-
NOM.-43055
と、1944年Boyt社製、海軍海兵隊装備品契約番号は43055であることが分かります。

↓左側のモノ。上の方にも何かスタンプのようにも見えるものがありますがよく分かりません。


↓フラップのLift-the-Dotの拡大です。真鍮製。円いポッチはUnited Carr社製の印。


↓クリンチ・プレートにはメーカーを示すものは何もありません。


↓もう一方の右側のモノ。スタンプは左側のモノと同じです。こちらにはピストル・ベルトとの固定用スナップ(オス)があります。


↓拡大しましたが、メーカーを示すものはありません。


↓フラップのLift-the-Dotは真鍮製で、「KlikiT」と六光星と「PULL」でお馴染みのRau Fastener Company社製。


↓クリンチ・プレートにはメーカーを示すものは何もありません。


↓ここで陸軍用M1カービン用マガジン・パウチと並べて比較してみます。左が今見てきました海兵隊用、右が陸軍用。左の海兵隊用はフラップ、本体ともダック地ですが、右の陸軍用では本体は厚手のウェブ製です。また、左の海兵隊用の方が丈が長いですが、これは冒頭でも触れましたように、M1911(A1)ピストル(ガバメント)用マガジン・ポケットにも改変し得るためです。ポケットの下端から上に2cmほどのところでポケットを絞るように糸でステッチされていますが、これを切って解いてやるとM1911(A1)用のマガジンが収納できるようになります。一旦このステッチを切ってやると、M1カービン用のマガジンを収納すれば底まで落ちきってしまい、つまみ出すのに苦労することになります。


↓背面は本当に一瞥しただけでは区別がつかない程酷似しています。


↓マガジンを入れてフラップを開けた図。左の海兵隊用の方はマガジンの露出部分が小さく、つまみ出すのが若干大変かもしれません。Lift-the-Dotのスタッド(オス部品)はどちらのモノもポケット上部に横に渡らせたウェブ生地に設えられています。


↓過去記事(M1カービン15連マガジン用パウチあれこれ(Magazine pockets for M-1 Carbine))で採り上げた、USMC用M1カービン用「後期型」マガジン・ポケットです(画像中央)。M1911(A1)ピストル(ガバメント)用マガジン・ポケットにも改変し得るためのステッチがあるのは、上で見て来た「初期型」と同様です。全体がウェブ製になり、とんがりフラップとなって、今度はまるでM1923ガバメント用マガジン・ポケットのような外観となりました。


↓基本的な構造は同じで、マガジンがつまみ出し難そうなのも同様です。


↓背面です。この「後期型」には「U.S.M.C.」スタンプが追加されています。

その下のスタンプ
BOYT -45-
NOM. -47218
は1945年Boyt社製、海軍海兵隊装備品契約番号は47218であることを示します。

なお、今回私が入手した海軍海兵隊装備品契約番号43055は、その直後に「後期型」の構造でも製造されています。つまり同じ契約番号「43055」で円型フラップの陸軍一般型パターンのモノと、とんがりフラップの全ウェブ製のパターンのモノとの両方が製造されているということです。現物は未入手ですが、過去に海外のフォーラムで見たことがあります。

以上見て参りましたが、如何でしたでしょうか?
今回入手出来ました2つのパウチですが、2個セットで送料別でUS$50.00と程度相応か若干廉価でした。マガジンからの貰い錆が目立つ方はオークションに出品しようかと考えてます。
投稿にあたり下調べをしておりますと、海兵隊装備は奥が深いということを今回もあらためて思い知らされることとなりました。
海兵隊装備をコレクションされる方は他の研究者の方の成果を参照して下さい。私なぞは「寄り道」しかできません。財力的にも…。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。また残暑厳しき折にお会いいたしましょう。さようなら。







  

2018年07月22日

M-1943 イントレンチング・ショベル(M-1943 Intrenching shovel)

皆さんこんにちは。

猛暑の続く当地大阪(の中でも最高気温が府下ナンバー1を誇る枚方(ひらかた)の近く)から今回お届けしますのは、WWⅡ米軍がそれまでのTボーンショベル(M-1910イントレンチング・ショベル)に替えて採用したM-1943イントレンチング・ショベル(Shovel, Intrenching, M-1943)です。隔週日曜日の正午を定刻として投稿完了を目指している当ブログ、今回は定刻より少し早く投稿できました。

まずはキャリアーに収まっている図です。このキャリアーについては過去記事(→M-1943 ショベル・キャリア(Carrier, Shovel, Intrenching, M-1943)を参照ください。


↓フラップを開けて、


↓上へ引き上げて、


↓はい、引き上げて…、


↓取り出しました。柄は木製でブレード(匙部)は鋼製。全体がいわゆるOD色で塗装されています。



↓裏返してみました。柄の端っこやブレードの先端部分など、使用により塗装が剥げてきています。


↓ブレードのアップ。強度を持たせるため段が付いている中心部分は、より厚くなってます。


↓もう一度裏返し。柄とブレード部をつなぐ先細りのソケットと、固定ナット、ワッシャー、ヒンジ、ブレード。


↓ブレードの隅に刻印があります。「US」、「WOOD」、「1944」とあり、1944年WOOD社製であることが分かります。WOOD社のほか、AMES社(AMES BALDWIN WYOMING COMPANY)とA.F. & H. 社(AMERICAN FORK & HOE COMPANY)も製造していました。因みにA.F.&H.社は後にAMES社に吸収されています。


↓刻印が表側に少し浮き出ていますね。


↓まず、このアルミ合金製の固定ナットを緩めて、


↓これ位です。


↓横から見るとこんな感じです。


↓ブレードを直角に起こして…、


↓横から見るとこんな感じです。


↓ナットを締めて固定しますと…、


↓「鍬(くわ)」になりました。


↓さらに、同じ要領でナットを緩めてブレードを柄と直線になるようにして...、


↓固定すれば...、


↓はい、ショベルになりました。


↓ヒンジ部分の拡大です。


↓鍬にして別の角度から撮影。ブレードの表側からでも見えますが、ヒンジとブレードはこのように合計4つのリベットで固定されています。粗悪なレプリカ品はこの辺りでリベットを3つにケチったり、あるいはヒンジの形状やリベットそのものの大きさが小さかったりして十分な強度が期待できないモノとなっている例が多いです。


↓ブレードの厚みはこんな感じです。少し刃が付いています。


↓ソケットと柄を結合しているリベットは両サイドから2本打たれています。


以上いかがでしたか?
単なる使用説明書になってしまっていますね。
この「折り畳みショベル」は過去記事のキャリアーでも記しましたが、この先代にあたるM-1910イントレンチング・ショベル(通称Tボーン・ショベル)に替わって、ブレードを折りたたみ式にすることによって収納時の全体の長さを短くしたモノであり、ハッキリ言ってドイツ軍の折りたたみショベル「Klappspaten(クラップシュパーテン:折り畳み式スコップ)」のフルコピーです。ドイツ軍も1938年にその先代の「Kleines Schanzzeug(クライネス・シャンツォイク:小型塹壕構築具)」から折りたたみ式のKlappspatenを採用することになったのですが、その目的はどちらも省スペース化と多機能化でありました。

なお、このM-1943イントレンチング・ショベルは、後に「ツルハシ」パーツをも付加させた「M-1951イントレンチング・ツール」と発展を遂げていくことになります。

現在日本では状態のいいモノで5,000円くらいから入手可能でしょうか。アメリカでもそれほど高価ではありませんが、重く嵩張るので送料が割高になり、他に沢山まとめ買いをしないとお得感は感じにくいです。WWⅡ後期~ヴェトナム戦初期頃の米軍ファンの方は、国内で見つけたら入手しておいた方が良いと思います。あまり市場に多く出回ってはいないような印象がありますので。後継のM-1951も、あまり出物を見ないですが、同額ほどでいい状態のモノが国内で入手可能です。

このショベルですが、我が家では実用品としての「価値」があるので、他の軍装品とは違って存在自体は肯定的に見られています。
即ち花壇の手入れや庭木の植え替え時に重宝するからです。あと実用できるユテンシル類や普段着使いとして着るパッチや階級章の付いていないコート類等も何とか存在を認められていますし、時と場合と運によれば、その購入予算を廻してもらえることもあります。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。熱中症には気を付けましょう。さようなら。










  

Posted by Sgt. Saunders at 10:01Comments(0)米軍(U.S.)Intrenching tools

2018年07月08日

M-1910 カートリッジ・ベルト(M-1910 Dismounted Cal..30 Cartridge Belt)

みなさん、こんにちは。
当地大阪で去る6月18日朝に最大震度6弱を観測する地震がありましたのはみなさんもうご存知の通りです。
不幸なことに震央近くでは防ぎ得たかもしれないブロック塀の崩壊で小学生が亡くなり、また他にも4名の方が亡くなり、残念です。
大阪で観測が始まって以来最大震度の地震だということですが、ガス・水道の供給が一部で止まったほかは、阪神淡路大震災の時の電車や自動車道の高架崩壊などといった大きなインフラ破壊は無かったのは幸いでした。「でした。」と言い切れていてよかったと後々思えるであろうことを願って止みません。
と、書いておりますところに今度は九州から近畿地方にかけての(沖縄や北海道でも台風に伴う大雨がありましたが)猛烈極まる雨で、鉄道は運休、道路は寸断され、また土砂崩れ・河川の氾濫で死者・行方不明者が出ています。当方の近くでも自治体から避難指示が出たり、「えらい難儀」な状態です。

さて今回お送りするモノは、前々々回お送りした「M-1923 カートリッジ・ベルト(M-1923 Dismounted Cal..30 Cartridge Belt)」の続きのような感じになります「M-1910 カートリッジ・ベルト(M-1910 Dismounted Cal..30 Cartridge Belt)」です。

↓上は参考としてのM-1923、下が今回見ていくM-1910です。外観はほぼ同じように見えますが、細かく見ますと違いが沢山あります。

なお、最初にお断りしておかないといけませんが、一口に「M-1910」と申しましても制式化当初時からWWⅠ(と言うか1917年のアメリカ参戦時)を経て、次の「M-1917」が開発されるまでの間に、いろんな特徴を持つバリエーションが数多く認められますので注意が必要です。
追い追いまた申しますが、「バリエーション分け」の大まかな着目点としては
①フラップの留め具、
②カートリッジ保持ストラップの有無、
③ハトメの形状                の3つがあります。
①のフラップの留め具は当初が「リム無しイーグル・スナップ・ボタン」、次いで1914年頃から「リム有りイーグル・スナップ・ボタン」、最終形の1917年3月頃からの「Lift-the-Dot」と遷移していきます。②のカートリッジ保持ストラップの有無ですが、WWⅠ中アメリカが1917年4月に参戦した後、同年後半には省略されるようになりました。③のハトメの形状ですが、これは左側ポケット部に限っての特徴で、左側ポケット部下辺のダブル・フック・ワイヤ装備を吊り下げるためのハトメ(グロメット)の形状が当初は「円型」ではなくて「横長円型」となっていて、これもWWⅠ中アメリカ参戦時の1917年中には廃止され、右側ポケット部と同様「円型」ハトメへと改められました。
で、今回ご覧頂く「M-1910」は、「『Lift-the-Dot留め』・『カート保持ストラップ有り』・『横長円形ハトメ』」バージョンということになります。
M-1910の次モデルであるM-1917は、ポケット下部にフリルの無い点以外はM-1910の最終形態(Lift-the-Dot、カート保持ストラップ無し、円型ハトメ)と同じ特徴を持っています。

↓裏側です。こちら側は左右のポケットを繋ぐ連結ベルトの「繋ぎ方」が大きく変化している様子が一目で分かります。連結ベルトの上辺のハトメ穴は、ハバーサックのフックを通すためのモノですが、一個で十分なのにM-1910の方に3つもある理由が未だに分かりません。


↓こうすると表裏面の違いが一目で分かりますね。細かく差異を見ていくことにしましょう。


↓M-1923のポケット部は、「台地」のウェブに別の「ポケット用ウェブ」を重ねてボックス型プリーツを作りながらポケットを作り出して縫製して出来ておりますが…、


↓このM-1910では「台地」と「ポケット」は2枚のウェブ生地の縫製ではなく、一挙に織り上げて出来ています。この個体の製造者Russell社と、少し製法が異なりますが、Mills社も同様の「一挙織り上げ」製法技術を持っていました。M-1910はこの2社のみが製造しました。このように細かいフリルを寄せつつ…


↓この通り表と裏とが1つの織物として出来上がっています。


↓M-1923ではこのように2枚のウェブ生地合わせです。WWⅠ末期に開発されたM-1917も同様です。


↓左側のポケット部です。フラップの留め具はLift-the-Dotです。カートリッジ保持ストラップがあり、下辺ハトメは横長円型となっています。先ほど触れました時期による特徴と照らすと大体1917年前半頃の製造かなと察しがつきます。


↓フロント・バックルに一番近いフラップの裏面のスタンプ。「楕円の中にRUSSELL」のRussell社の商標と、その上下に「JUNE」「1917」。1917年6月製造です。上で予想した製造時期と合致しました。


↓こちらはフロント・バックルから一番遠い方のポケットのフラップ裏面のスタンプです。「5」とありますが、何の意味か?多分単なるロット表示か何かだと思いますが分かりません。


↓左側のポケットの下辺ハトメですが、このように「横長円」になってます。同時期の衛生兵用のベルト(Belt, Medical Corpsman's, M-1910)の装備ぶら下げ用ハトメは全部が横長円でして、なるべくたくさんぶら下げられるようにと考えられたのでしたが、それに倣った...としても何故左側のポケットだけなのかという疑問は消えません。


↓もう少し拡大してみました。一つのハトメ穴にダブル・フック・ワイヤ・ハンガーを2本通すことが出来ますから、ぶら下げられる装備品を単純に増やせることに繋がりますが、左側だけにそんなに沢山装備をぶら下げなければならなかったような事は無いような...。しかもダブル・フック・ワイヤ・ハンガーを一つの横長円ハトメ穴に2つ通したとしても、装備品自体の横幅がありますから互いに干渉してしまって使い易いようには思えません。グチャグチャになりそうです。


↓右側のポケット全景です。こちら側の下辺のハトメ穴は見慣れた「円型」です。


↓こちら側もフロント・バックルに一番近いフラップの裏面に「楕円の中にRUSSELL」のRussell社の商標スタンプと、その上下に「JUNE」「1917」のスタンプがあります。Lift-the-Dotの右下の部分にステイプラー(いわゆるホッチキス)の針が留まって錆びついています。


↓フロント・バックルから一番遠い方のポケットのフラップ裏面のスタンプです。「57」とありまして、やはり多分ロット表示の類かと思います。


↓フラップ全てを開いた全景です。


↓右側ポケット部の一番後ろの下辺ハトメ穴のグロメットが脱落した跡です。この頃のハトメ穴は上辺のモノも下辺のモノも同じモノが用いられ、特に下辺ハトメ穴は酷使されるために、このように脱落している例が上辺ハトメ穴の場合より多いです。M-1923では容易に脱落しないように大型化されます。あと、この画像で触れておきますが、左右ポケットの連結ベルトを通すバックルがポケット部へ縫い付けられている場所ですが、のちのM-1910の最終形態やM-1923ではポケット部背面ですが、本個体以前のモノはこの画像のようにポケット部表側後端に貼り付ける形となっています。


↓裏側から見ました。注意して見ないとここにハトメ穴があったことを見落としてしまいます。


↓左右のポケットを繋ぐ連結ベルトとその連結具合が分かる画像です。画像の左に写っているバックルを通ってきた連結ベルトの先端に2つある鉤フックを、ポケット部裏側に2列で並ぶ小さいハトメ穴の何処に引っ掛けて繋いだらベルト全体が丁度良い長さになるか見当をつけてまず引っ掛けて、バックルとの間のタワミ・引きつれが無いように調整します。


↓ベルト借用者の記名「P6805」。「認識番号○○○・・・6805で、Pで始まる名前の人のモノ」の表示です。


↓連結ベルトのここにも。


↓右側ポケット部のこの部分にも。


↓左がM-1910、右はM-1923です。両方ともカートリッジ保持ストラップを有していますが、その長さがかなり違います。


↓用法に従ってストラップの前後に1つづつカートを収納してスナップ・ボタンを留めてみました。外見は両者とも差異がなく同じように見えます。


↓スナップ・ボタンを外しても見かけは同じですが…


↓左のM-1910は、ストラップを上に引き上げると手前のカート(人体側から見れば外側)が上へせり上がります。右のM-1923はストラップを引き上げることは出来ません。カートはそのままです。


↓外側のカートを抜き取りました。


↓M-1910もM-1923も、両方ともポケット1つにカート・クリップが2個収納できるようになっています。仮にこのストラップが無いと、フラップを開いてカート・クリップを1つ取り出そうとした時に、もう1つが不意に飛び出したりしてしまう恐れがあります。それを防止するため、フラップが開いた状態であっても、前後に収納したカート・クリップのうち前側(人体側から見れば外側)のカート・クリップを固定しておけるようにカートリッジ保持ストラップが備えられたのです。その目的のほか、M-1910の方の長いストラップには、もう一つ目的があったのです。↓ポケットを横から見た断面模式図で説明します。

模式図の右方向が人体側です。茶色の線はポケット、オレンジの線はカート保持ストラップです。
左のM-1910のカートリッジ保持ストラップはポケットの下から1インチほど上の部分(図の●印)が付け根で、そのストラップを上から踏ん付けるようにして前側のカート・クリップが収められ、ストラップは下から上へ、そして前へと廻ってポケット外側でスナップ・ボタン留めされます。ストラップの後ろ側にもう1つカート・クリップを収納して完了です(左図)。フラップを開けただけの状態では前側のカート・クリップはしっかり保持・固定されます。つまり実用上フラップを開けたら、まず後ろ側のカートから使用し、次にスナップ・ボタンを外してストラップを上へ引っ張り上げると、赤矢印の分だけ前側のカート・クリップがせり上げられ、容易に摘み取ることが出来ます(中図)。これが先程申し上げました「もう一つの目的」です。一方右図のM-1923では、カートリッジ保持ストラップの付け根がポケット底部の●印部分ですから引っ張り上げることは出来ません。単に前側のカート・クリップを保持・固定するためだけの役割しかありません。(注)M-1910では前側のカート・クリップは弾頭を上にして収める、とする資料もあります。

↓M-1910のポケット内部です。少し見難いですがストラップの付け根がポケットのLift-the-dotのオス(スタッド)の下1cm程のところにあります。


↓M-1923では底の縫い合わせ部分に付け根があります。


↓ストラップのメス・スナップ・ボタンの内側です。「CARR'S PAT. '13」と、UNITED CARR社の1913年特許表示があります。新型のスナップ・ボタンです。


↓ポケット側のオス・スナップ・ボタンの裏側です。緩い凸ドーム型です。


↓最後に参考資料を一つ。RUSSELL社と別のもう一つのM-1910製造者であったMILLS社の製品カタログの1ページです。一番下にM-1910(フラップの留め具が「イーグル・スナップ・ボタン(リムの有無は分かりません)」)が掲載されています。



今回のネタM-1910は私のメインのコレクションからは若干外れていますが、M-1923と並んでM-1917がWWⅡで使用されていて、そのまた前世代のM-1910ですから興味はありましたところに、これが比較的求めやすい値段で売りに出されていまして、「WWⅠ軍装も最低限一式揃えてみようかな」という浮気心が湧いてきてしまい、思い切って買ってしまいました。その後WWⅠ軍装最低限揃え作戦は頓挫してしまい今に至ります。
M-1917はWWⅡでも多用されましたが、さすがにM-1910はWWⅡの戦時写真では見たことがまだありません。WWⅡリエナクト用には向いていないかもしれません。

特徴によるバリエーションにより大きく価格は変わりますし、程度にも依りますが、中程度のモノならリム無しスナップ・ボタンのM-1910ならばUS$170辺り、リム有りスナップ・ボタンのM-1910なら若干それより廉価で、Lift-he-DotならUS$120程で十分入手可能です。


それではまた次回お会いしましょう。さようなら。



  

2018年06月17日

M-1910ファーストエイド・パケット・パウチ(POUCH, FIRST AID PACKET, M-1910)

みなさんこんにちは。
当地大阪も1週間以上前に梅雨入りし、雨が降ったり晴れたりの繰り返しが続いています。今日は雲の少ない晴天です。
米朝首脳会談が兎にも角にも予定通り行われ、成功だ失敗だと議論されていますが、「歴史的出来事」になったことだけは間違いなく、この後どうなるのかは当事者2人のみならず世界各国がどのように動くかによるのであり、我が国日本も隣国であるという立場からだけでなく各国との関係も見極めながら主体的・能動的に振舞うことが必要です。

さて定刻を1週間と1時間ほど過ぎてお送りする今回の投稿ネタは、大昔大きな括りのネタの中でちょろっとご紹介したことのあるM-1910ファーストエイド・パケット・パウチです。
大きな括りで、と申しましたのはコレ→過去記事「ファーストエイドパケット・パウチ(Pouch, First aid Packet)」です。今回はその中の一つについて詳細に見て行きます。

↓M-1910 ファーストエイド・パケット・パウチです(ストック・ナンバー:74-P-255)。WWⅠ以前にその前身たるM-1907を改良して開発されました。「M-1910」と、物凄く古めかしいかび臭いブツだと思うなかれ、WWⅠ後にもかなりの数のストックがあったため、WWⅡ時にも多用されました。


↓上から「M-1910」、「M-1924」、「M-1942」です。「M-1910」の横幅を少し長くしてフラップを三角にして留め具をスナップ・ボタンからLift-the-Dotに替えて「M-1924」が出来、次いで深さ(丈)を増した「M-1942」へと続きました。

M-1924がM-1910の改善版として新たに開発されたものの、WWI後もM-1910の在庫が多く残っていたため、M-1924の実質的な製造開始はWWⅡ勃発後にパウチの需要が拡大し始める1940年からでした。次いで1942年、パウチに収めるファーストエイド・パケットが缶入りのものから厚紙製の箱入りのものへと移行するのに伴い、容量を大きくしたM-1942が開発・製造されます。但し、1942年にのみJQMD(Jeffersonville Quartermaster Depot)によりM-1910が再び製造されています。何故M-1924あるいはM-1942でなく、既にLimited Standard(限定採用)となっている旧型のM-1910をこの期に製造したのか?色んな資料で調べましたが分かりません。「J.Q.M.D. 1942」のスタンプのあるM-1910というモノが存在するのには、このような背景があります。

↓裏面です。ダブル・フックでピストルベルトやカートリッジ・ベルトのグロメット(ハトメ穴)にぶら下げて装着するのは共通しています。


↓本題のM-1910に戻ります。フラップを開けました。上に置いているのは缶入りのWWⅡバージョンのファーストエイド・パケットです。WWⅠ時は未だ開封用のリングの付いているパケットしか存在しません。


↓製造者「THE M-H CO.」はTHE MILLER-HEXTER Co.の短縮形です。1918年9月製造です。画像右下にも何かスタンプ?


↓良く分かりません。上下ひっくり返すと「P.O.」?「F.C.」?


↓ファーストエイド・パケット缶がすっぽり入ります。


↓中身が入っているとこの様になります。2つのスナップ・ボタン留めです。


↓フラップのメス・スナップ表側を拡大。何の変哲もないボタンです。材質は真鍮です。


↓メス・スナップの裏側です。「CARR'S PAT. '13」とあり、「UNITED CARR社が1913年に取ったパテントだよ。」と表示しています。


↓オス・スナップです。こちらも特に変わった点はありません。

このスナップ・ボタンですが、上記パテントの「新型」スナップが世に出る前は、メス・スナップの表側は同じただのドーム型に見えても、裏側は囲い爪で、オス側が凸ポッチとなっているモノもありました。

↓背面のダブル・フックとパウチ本体へのハンガー部。このクローズアップ画像で触れておきますが、ハンガー部の部材はコットン・ウェブ、パウチ本体は目の細かい織りで、手触りはフワフワでコシはクタクタです。



以上です。WWⅡ時でも1942年以降撮影された写真に写っているM-1910は、WWⅠ以来の在庫分か1942年にJ.Q.M.D.で再製造された分かのどちらかということになります。

私がこれを入手したのは、アフリカ戦線での写真に写っていた米軍兵士がこれを装着しているのを見て「ああ、WWⅠだけでなくWWⅡ時にも使用していた例があるのだ」と分かってからでした。まぁ、WWⅡモノの蒐集がメインでありますけれども、やはりWWⅠモノもWWⅡで使われたケースがあるとあっては集めたくなってくるもので、同じような例は他にも沢山あります。
現在WWⅠ近辺の製造分であれば程度にも依りますがUS$35~50位で入手可能です。1942 JQMDスタンプのモノは希少性からUS$60以上で取引されている例もあります。




それでは今回はこの辺で失礼いたします。



  

Posted by Sgt. Saunders at 13:20Comments(0)米軍(U.S.)First Aid

2018年05月27日

M1カービン用マガジン・ポケット(Double-web Magazine Pocket for M1 Carbine )

みなさんこんにちは。
嘘、言い逃れ、ごまかし、強弁、はぐらかし、無視…。政治もスポーツも、呆れて嘆息ばかり出てしまうような出来事ばかりの我が日本国。
その中の一地方の、梅雨入り前の暑いんだかうすら寒いんだか分らない天候が続いております当地大阪から、エアコンの始動準備作業を終えて一気に書き上げてお送りします今回のネタは、WWⅡから米軍が使用したM1カービン用15連マガジン・ポケット(Pocket, Magazine, Double, Web, For Carbine, Caliber .30, M1)です。

その前に、まずこのイラスト↓をご覧下さい。少し前にトンプソン短機関銃用20連マガジン・パウチ(Thompson 5-Cell 20rds Mag. Pouch)の回でも取り上げましたが、30年近く前の月刊コンバット・マガジンの巻末に折り込まれていた今は亡き川越のりと先生の筆による「兵隊さんイラスト」シリーズのうちの一つ「Infantry Officer」です。押入れ整理中に発見したこのイラストを眺めておりましたら「次のネタは、これにしよう!」とインスパイアされました。このイラストの中の...


↓これです。川越先生は「M1 CAL..30 CARBINE DOUBLE-WEB, MAGAZINE POCKET(M1騎銃用予備弾倉入)」と表記なさっておられます。カービンとは騎銃という意味なんだよと改めて念を押された気がします。

イラストではポケット部のウェブと縁取りテープがODシェード#7、フラップから背面のループ部分のダックがODシェード#3で、1943年頃のシェード移行時の布製装備品によく見られる、部材ごとにシェードが異なるシェード混合(トランジショナル)パターンのモノが描かれています。

↓はい、やっと現物です。M-1カービン用の15連マガジンを2本収めるポケットです。手持ちの中に全く同じシェードパターンで構成されたモノが無かったのですが、似た感じのモノを出してきました。フラップと縁取りテープがシェード#3、ポケット部がシェード#7で構成されています。


↓フラップの留め具は言わずと知れたLift-the-Dotです。黄銅製です。「Klikit」 」、「✡」、「PULL」の刻印がありますので、メーカーはRau Fastener Companyです。「STAR」、「✡」、「PULL」という組み合わせの刻印もRAU社のモノです。因みに本当はダビテ星・六芒星(✡)じゃなくて中の六角形が無い「六光星」です。


↓フラップを開けました。Lift-the-Dotのオス部品(スタッド)は2つのポケットに亘らせた土台ウェブ・テープに設えられています。


↓「S-3904)」のスタンプは製造時ではなく貸与を受けた者が記名の目的で施したモノです。手書きの「S-9502」は、また別の者が貸与を受けた際に前の借用者「S-3904」の表示を抹消して新たに記名したモノです。Army Regulation (AR) 850-5 (MARKING OF CLOTHING, EQUIPMENT, VEHICLES AND PROPERTY) の9aで装備品への記名方法として、持ち主の姓のイニシャルと認識番号の下4桁を組み合わせたモノを「名前代わり」にして記名するように定められてあります。S-9502の人が前の借用者S-3904の表示を横線で消して新たに自身の表示をしたということが分かります。



↓Lift-the-Dotのメス部品の裏側(クリンチ・プレート(clinch plate))。RAU社のモノの中には外周に沿って社名と所在地(RAU FASTENER CO./PROVIDENCE R.I.)が刻まれているモノもあります。

因みに、ブリティッシュ・メイドの装備品に用いられたLift-the-Dotのクリンチ・プレートはプレーン、つまり「まっ平」になっているモノが多いですが、「米国本土製」の装備品に用いられたLift-the-Dotのクリンチ・プレートは縁から盛り上がっています。ブリティッシュ・メイドのモノがプレーンなのは問題無いですが、米国製のモノなのにプレーンなクリンチ・プレートであれば「レプリカ」でないかどうか疑う必要があります。

↓素材の違いが分かる画像です。


↓裏面です。製造者名「HOFF」、製造年「1943」のスタンプがあります。製造者数は50者ほどに及ぶんだそうで、すべてのメーカーのモノを集めている海外のコレクターのHP(ブログだったかな?)を見たことありますけど、圧巻でした…。
M-1936 ピストル・オア・リボルバー・ベルトに固定して使うために用いるオス・スナップが設えられています。左端に写っているのは大きさ比較用に置いたポケットナイフです。


↓オス・スナップの拡大です。先ほどのLift-the-Dotと同じメーカーRAU FASTENER社製です。社名と所在地(RAU FASTENER CO./PROV.R.I.)が刻まれています。


↓ループの内側にオス・スナップが見えています。ループにM-1936 ピストル・オア・リボルバー・ベルトを通して、ベルトのメス・スナップにこのオス・スナップを嵌めて固定します。(M-1923乗馬部隊用30口径カートリッジ・ベルトにもスナップを留めて装着できます。)


↓これです。


↓このポケット背面のループは、本来は上述の通りピストル・ベルト等に通して使うことを目的としているものでしたが、ベルトではなくM-1カービンのストック(銃床)に通しても使われていたのは皆さんご承知の通りです。TV映画コンバット!でもヘンリー少尉がやってました。ストックに通して使うのは、あくまでも前線の兵士が工夫して考案した用法でありオフィシャルなものではありませんから、このポケットの事を「ストック用パウチ」と呼ぶのは便宜的なもの(俗称)です。


↓毎度おなじみQuartermaster Supply Catalogの、まずはQM Sec.1, 1943年8月版です。名称が「POCKET, MAGAZINE, DOUBLE, WEB, FOR CARBINE, CALIBER .30, M-1」となっており、通常の語順にすると「WEB DOUBLE MAGAZINE POCKET FOR M-1 CALIBER .30 CARBINE」となります。

なお、右側に本ポケットの後継モデルとなる「POCKET, CARTRIDGE, CAL. .30, M-1, CARBINE or RIFLE(M-1カービン/小銃 30口径カートリッジ・ポケット)」が掲載されています。M-1カービン専用ではなく、M-1小銃(ガーランド)の8連クリップの収納も可能にしてあるモノです。

↓一方こちらはQM 3-1, 1946年5月版です。こちらでは「POCKET, MAGAZINE, DOUBLE-WEB, CARBINE, CALIBER .30, M-1」と、ハイフンでDOUBLEとWEBを繋いでいます。通常の表記にすると「M-1 CALIBER .30 CARBINE DOUBLE-WEB MAGAZINE POCKET」となり、極めてシンプルな表記になってます。「FOR」の語が抜けて、「M-1 30口径カービンダブル・ウェブ・マガジン・ポケット」から「M-1 30口径カービン ダブル・ウェブ・マガジン・ポケット」へと少し表現が変わっています。

画像中黄色のマーカーで印をつけているところ、「LIMITED STANDARD-To be issued until exhausted(限定採用-消費し尽されるまで支給される(=支給は在庫限り))」とあります。これは先ほど見ました1943年8月版の画像でも触れました「POCKET, CARTRIDGE, CAL. .30, M-1, CARNINE or RIFLE(M-1カービン/小銃 30口径カートリッジ・ポケット)」(この画像では下にあります。)が「主流」になって行ったんだということが分かります。両者の違いの詳しい点については拙稿WWⅡU.S.マガジン・パウチ(その2)(WWⅡU.S.magazine pouches:#2)をご覧ください。


縷々見て参りました。いかがでしたか?
記事中でも触れましたようにWWⅡ中に製造が終わっており、現存数が比較的少なくなっているためか価格は上昇を続けています。
私が最初に入手したのは全体がカーキ色(ODシェード#3)であったものの程度が悪く(小穴、ほつれ数ヶ所あり)、20年くらい前でしたが2,000円程でした。現在今回ご紹介したような程度のモノだとシェードの違いに関わらず、eBayでは30ドルくらいで入手することが可能です。国内市場でも少し上乗せしたくらいの値段で、まだまだ入手はし易いと思います。
M-1カービン・M-1小銃兼用のポケットの方はWWⅡ後も朝鮮戦争を経てヴェトナム戦中も製造が続けられていたため、製造年にこだわらなければデッド・ストックでもeBayで10ドル程度で入手できます。国内では良品で大体2,000円くらいが底値でしょうか。

あと余談ですが、日本では一般的に「カービン」と呼称していますが、「カーバイン」と発音する欧米人も多いので特に海外に行ったときは注意しましょう。

それでは今回はこの辺で失礼いたします。また次回お目にかかりたいと思います。



  

Posted by Sgt. Saunders at 11:55Comments(0)米軍(U.S.)Magazine pockets

2018年05月13日

M-1923 カートリッジ・ベルト(M-1923 Dismounted Cal..30 Cartridge Belt)

皆さんこんにちは。
ゴールデンウィークの後半4連休中は風邪を患いまして、連休が明けても3日間はまるでインフルのように全身が重ダルく頭痛も併発した状態でした。昨年末の重症肉離れといい、今般の風邪連休といい、世間がお休みだーと言っている最中家の中で静かに過ごさねばならない事が続いております。厄払いが必要でしょうか。
当地大阪は昨日はよいお天気でしたが今朝方からは雨です。庭の花壇の手入れ・草抜きをサボる理由が出来てしまいました。

さて、今回お届けいたしますのは、私のコレクションの中心をなすWWⅡUS陸軍一般兵の基本中の基本装備たる「Belt, Cartridge, Cal..30, M-1923, Dismounted」、いわゆるM-1923カートリッジ・ベルトについて少しだけ触れたいと思います。そういえばまだ一度もご紹介したことが無いことに気付きました。今更ながら自分でも驚いております。

↓WWⅡ時にライフルで武装する一般歩兵が用いた弾薬ベルトである「Belt, Cartridge, Cal..30, M-1923, Dismounted」、直訳すれば「徒歩部隊用M-1923 30口径カートリッジ・ベルト」となりましょうが、一般的には「M-1923カートリッジ・ベルト」と呼ばれることが多いです。もっと単純に「ガーランド・ベルト」などと呼ばれることもあります。片側に5つずつ、全部で10個のポケットがあります。


↓裏側です。左右の5ポケット部とそれらを連結するベルトの3ピース構造になっています。ポケット部の上辺にはサスペンダーやハヴァーサック等の連結クリップを通すハトメ穴(grommet)がポケットの間隔に合わせて設えられています。
連結ベルトの上辺の真ん中にも一つだけハトメ穴がありますが、これはM-1910ハヴァーサックの背面に1本だけあるベルト連結用ストラップのスナップ・フックに吊るすためのモノです。
WWⅡにおいてもWWⅠ時代のM-1910ハヴァーサックを使っているケースが多くありましたので、ちゃんと連結できるようにとWWⅡ時製造分のカートリッジ・ベルトにも設えられていました。背面側のベルト連結用ストラップを2本持つM-1923ハヴァーサックであればこのハトメを連結に使う必要はありません。
下辺にも水筒やファースト・エイド・パウチなどをぶら下げるための少し大きめのハトメ穴が、やはりポケットの間隔で設えられています。なお下辺のハトメ穴は、上辺のハトメ穴と違い、バックルに一番近い箇所にはありません。


↓毎度おなじみ、QM 3-1 Quartermaster Supply Catalog (May 1946)での掲載ページです。ストックナンバーは74-B-160。

このカタログの画像でも分かりますが、装着した時に右側に来る方の、バックルに一番近いポケット下部に「U.S.」のスタンプが押されています。海兵隊用のモノにはこのスタンプは無く、代わりに装着時に左側になる方のポケット部内側の、バックルに一番近い部分に「U.S.M.C.」とスタンプが押されています。

↓この個体では、上のカタログ画像のような「U.S.」スタンプがほとんど残っていません。まるで最初から無かったかのようです。上で触れたような、左側になる方のポケット部内側(この画像では右下のバックルのすぐ左にあるスペース)に「U.S.M.C.」スタンプがある訳でもなく、海兵隊用のものでもないようです。


↓装着した時に右側に来る方の内側の、バックルに近いこの部分にメーカー名と製造年のスタンプがあるのが一般的です。スタンプが薄くなって見辛いですね。


↓スタンプが見やすいようにストロボを焚いて写してみました。少しは見やすくなったでしょうか。先頭部分が鉄錆で少し覆われていますが、おそらくBURLINGTON MILLS Inc.〈改行〉1943 とのスタンプだと思われます。


↓左右のポケットを繋つなぐ連結ベルトとの連結の仕組みがお分かりいただけると思います。連結ベルトを着用者のウェスト周りに合わせて長さを調節してバックルで固定します。
長さを調節して余分なベルトはブラブラしないよう、左側のポケット部でお分かりのようにポケット裏側のループに通して収めておきます。



↓画像の右のバックルに連結ベルトを通して長さを調節します。ポケット部左側末端に設えられた隙間の空いた縦長リングにも連結ベルトを通してカートリッジの重量を支えさせます。



↓フロント・バックルと先ほど見た長さ調節バックルと隙間空き縦長リングは黒染めの亜鉛合金製です。金具については製造時期によって亜鉛合金であったり真鍮であったり、鋼であったりとバリエーションがあるのは他の装備品の例に於けると同じです。


↓フロント・バックルは黒染めの亜鉛合金製ですが、ハトメ穴とLift-the-Dotは黒染めの真鍮製です。


↓フラップを開けました。あれ? 何これ?


↓ナニコレ?とお思いの方おられますか?


↓ストラップはポケットの底から伸びてきています。


↓これは元々M1903スプリングフィールド小銃が米陸軍の制式小銃であった時代にこのM-1923カートリッジ・ベルトが開発されたものですから、その5発クリップを各ポケットに2つ収めるために、このストラップがあります。画像手前がスプリングフィールド用の5発クリップをこのストラップの前後に入れて収めている状態です。ポケットのLift-the-Dotの付いたフラップを開けた状態では、このストラップで押さえられていない奥側のクリップからまず初めに取り出すことが出来、手前側のクリップはストラップで押さえられているため、不意に飛び出す心配がありません。


↓ストラップのスナップを外すと手前側のクリップを取り出せます。一つ向こうのポケットにはガーランド用の8発クリップを収めています。


↓ガーランド用クリップはポケットに1つしか入りません。制式小銃がボルト手動式のスプリングフィールドからオートマチックのガーランドに替わって火力が向上したのに、カートリッジ・ベルトはそのままでしたから、携行弾数が100発(2x5x10ポケ)から80(8x10ポケ)発に減ったという皮肉なことになってしまいました。

スプリングフィールド小銃はガーランド小銃が制式化された後WWⅡ突入後も使用され続けられたため、このストラップは1943年頃に装備の色目がod #3(カーキ)からod #7(いわゆるOD色)に替わった後もしばらくは付けられ続けました。最初からストラップ無しで製造されたガーランド専用ともいうべきM-1923カートリッジ・ベルトも当然あります。ストック・ナンバーはそのままで、スペック・ナンバーが変更されています。

↓ガーランド用クリップを収める場合はストラップの長さは足りず、スナップに留めることは出来ません。元々ガーランド用のクリップを固定するように出来ていないからです。ですから兵士の中には「こんなモン邪魔じゃ」と切り去ってしまう者もありました。


↓ストラップのスナップボタンのメス部品の内部の拡大。おなじみRAU FASTENER社の「RAU FASTN. CO. PROV.」刻印が見えます。「PROV.」というのはRAU社の所在地・ロードアイランド州のプロヴィデンスの意。


↓オス部品の裏側の拡大です。こちらにはスペースが多いのでフルに「RAU FASTENER CO. PROV. R.I.」と刻印されています。


↓別の会社製のオス部品です。UNITED CARR社の刻印です。因みにUNITED CARR社は「Dot」というブランドでLift-the-Dotを開発したLift-the-Dotの生みの親です。



以上縷々見て参りました。カートリッジ固定ストラップについては、実はまだもっと触れたい部分があるのですが(もっと長~いストラップが付いているカートリッジ・ベルト、「M-1910」の話など)、またの機会に致します。

私のコレクション遍歴の発端・中心はWWⅡアメリカ陸軍の一般歩兵装備にあるのですが、言わばその中でも最も基本的な位置にあるであろうこのベルトの入手は、実はコレクション開始からは結構時間が経ってからでした。
と申しますのも、コレクションを始めた頃は、まだM1ガーランド銃はエアーガンであるとモデルガンであるとを問わず遊戯銃としてモデル化されておりませんで、ちょうどその頃M1カービンがマルシンからカート式エアガンとしてモデル化されまして、軍装コレクションとほぼ同時にサバゲにも興味が湧いていたものですから、まずはM1カービンの入手が先決だ!とM1カービンを入手したのがその最大の理由です。すなわちM1カービンのマガジンはM1カービン用のマガジン・パウチに収めるのが当たり前ですから、M1カービンで「武装」していた私にはM1923カートリッジ・ベルトは必要ではなかったからです。

ではM1ガーランドやM1903スプリングフィールドの遊戯銃を手にしてからの入手かと言えばそうではなく、やはり基本中の基本たる本ベルトは渇望しておりまして、しかしながらカーキのM-1923はお値段が高かったので、まずはOD色の、ストラップ無しのガーランド専用M-1923を今は亡き沖縄アメリカ屋さんの通販で手に入れたのが最初でした。当時「良品」で2,000円という、今では破格の値段でした。その後しばらくしたのち、これもまた今は亡き渋谷のアルバンで1万ちょっと位で出ていたカーキ色版を手に入れました。今回の画像のモノがそれです。当時アルバンが「軍装資料」として刊行しておられたカタログ的な小冊子に掲載されていた写真の被写体の現品が送られてきたものですから少し驚きました。もし今でも当時のアルバンの米軍資料冊子をお持ちの方がおられましたら見比べて見て下さい。鉄錆の付いた形やウェブのホツレ具合が一致するものを見つけられると思います。

今日オリジナル(実物)の流通量はまだ比較的多いように思われます。価格は年々少しずつ上昇しているようですが、入手機会はまだ多いのではないかという印象を持ってます。
リエナクト用に多くの業者が本ベルトのリプロを製造販売していますが、中でも近年特にその品質が突出していると思いますのがAT THE FRONTさんのモノで、可能な限り当時のスペックを追求しておられます。その執着度合いは同社のHPを見ればヒシヒシと伝わって来ます。ウェザリングすればなかなかオリジナルと見分けるのは困難なレベルにまで達しておられます。長年オリジナルに接していれば見分けは付きますが、あまりオリジナルに接したことのない方には見分けは難しいかもしれません。AT THE FRONTさんはハッキリと勝手にでっち上げたメーカー名をスタンプされておられるので好感が持てます。スタンプのインクの乗りも、知ってか知らずか、オリジナルとは異なる『タッチ』ですし。



それでは今回はこの辺で失礼いたします。









  

2018年04月29日

ミッチェル・パターン・ヘルメット・カバー(Mitchell pattern camo helmet cover)

こんにちは。
さあ、金正恩さん、どうなるのでしょうか。期待していいのでしょうか。ヴィジュアル的にも劇的な南北首脳会談のニュースが駆け巡りましたが、この後どう展開するのでしょうか。
ビクトリーショー行きたかったなー。

さて、季節が暑い時期へ移りつつある中、米軍ファンがサバゲでの装いとして用いやすいのはやっぱりヴェトナム戦争モノかWWⅡ太平洋戦線モノになって来ますでしょうか。
それに合わせたわけではありませんが、今回の投稿ネタはヴェトナム戦争時に用いられた、いわゆるミッチェル・パターン・カモフラージュ・ヘルメット・カバー(Mitchell pattern camouflage helmet cover)です。定刻より2時間余り過ぎての投稿です。

↓これはミッチェル・パターン・カモフラージュ・ヘルメット・カバー(Mitchell pattern camo helmet cover(以下「ミッチェル・カモ・カバー」と略します)を被せたM1ヘルメットです。
https://www.ebay.com/itm/ORIGINAL-LATE-VIETNAM-ERA-M1-HELMET-W-LINER-CAMO-COVER/222935272943?hash=item33e7fa4def:g:jl8AAOSw64ha2lDP#viTabs_0
↑この画像はeBayでbbmilitariaさんが現在出品中のページからの引用です。→こちらがそのURLです。 I hope his/her items sold successfully. bbmilitariaさま、宣伝しましたのでどうぞ引用をお許し下さい。

ミッチェル・パターン(Mitchell pattern)とは何か?という方もおいでかと思いますが、ここでは詳しくは申しません。元々は朝鮮戦争中に開発され、1953年に海兵隊用のシェルター・ハーフ(いわゆるテントです)に用いられたカモフラージュ・パターンでしたが、その後官給の戦闘服には採用されず、今回採り上げるヘルメット・カバーや、若干の装備品にのみ採用されるに留まりました。ただし民間業者がこのパターンを活かしたシャツ、ジャケット等幅広く製造販売しておりまして、兵士が個人レベルでそれらを着用していたというケースがありますから注意が必要です。ヘルメット・カバーとしては1959年に採用されました。

↓米国のナショナル・アーカイブより「Da Nang, Vietnam - A young Marine private waits on the beach during the Marine landing. - August 3, 1965.」。カバーの詳解をするための適切な画像が無いかなーと探していましたらこの画像を見つけました。

ミッチェル・カモ・カバーを装着したM1ヘルメットを着用している海兵隊兵士です。陸軍では冒頭の画像のようにヘルメットの下端部に細いバンドを留めていたのが一般的でしたが、このバンドの海兵隊への支給が始まったのは陸軍よりも大幅に後れてからの事で、この画像のようにバンド無しで、もしくは手近なゴムチューブを加工してバンド替わりに使っていました。またヘルメットそのものについてですが、ライナー・ヘルメットがWWⅡ型であることを示す茶革チン・ストラップが見えます。1965年当時まだ旧式のWWⅡ型のライナー・ヘルメットが使用されていたことが分かります。カバー側面に落書きの一部が確認できます。背中にはヘルメット・カバーと同じミッチェル・パターンのシェルター・ハーフが担がれているのが分かります。











































↓では幾つか現物をご覧いただきます。まず一つ目です。カバーはグリーン系蔓草柄(vine leaf)のサマー面と、ブラウン系雲形柄のウィンター面の両面リバーシブル生地を用いた2枚ハギ仕様です。グリーン系の面を表にして装着している例の方が圧倒的によく見られます。水色丸で示しているのはfoliage slit(枝葉孔)で、擬装用の植物等を挿すためのものです。片側に8つずつ設えられています。


赤矢印で示した褪色・摩耗が激しく白っぽく見える部分は、ヘルメットにカバーを装着した時(被せて、下部のヒラヒラをヘルメット・シェルとライナー・ヘルメットの間に托し込んで装着した時)にヘルメットの縁が当たる部分なのですが、そのままではヘルメット本体のチン・ストラップ・ループがカバーの外に出ないので、これを通すために緑丸の所に兵士が各自で入れたスリットがあります。あとでご紹介する2つ目のモノでは、カバー下側の緑弧線で示した裁断上の切れ込みがチン・ストラップ・ループの部分まで深く達していて、そこからループを通せるので、わざわざ切れ込みを入れてやる必要はありません。

↓そのままひっくり返しました。当然ながらこちらにもヘルメット本体のチン・ストラップ・ループをカバーの外に出すためのスリットが入れられています(緑丸部分)。

グリーン系迷彩は薄緑地に濃緑、緑、黄緑と黄土色の葉形と茶色の小枝柄で構成されます。

↓何か文字があります。


↓逆さにすると「BYRNE. M」。M.バーンさんが名前を記したと思われます。


↓裏表を返してブラウン系の面です。迷彩のパターンは雲形で、タン色地に焦茶、朽葉、ベージュ、茶と黄土色の雲形柄で構成されます。


↓ブラウン系の面にスタンプが押されています。

曰く、
COVER HELMET
CAMOUFLAGE
CONTRACT No. 5656
FSN 8415-261-6833
契約番号から見た製造年は1964年とする資料がありますが、自身で直接は確認しておりません。


↓2つ目です。1つ目よりも消耗度が低く、カモフラージュ・パターンがしっかり確認できます。1つ目のモノの説明で触れましたが、裁断上の切れ込みがチン・ストラップ・ループの部分にまで深く達しており、そこからループを通せるので、わざわざ切れ込みを入れてやる必要はありません。ミッチェル・パターンは他のカモフラージュ・パターンが抽象的な模様の組み合わせとなっているのと異なり、「葉っぱ」という具体的な形がそのまま活かされたカモフラージュ・パターンであるという点で特徴的です。

白く線状に褪色・摩耗しているヘルメット縁ラインまで生地の切れ込みがありますね。

↓取り敢えず反対側です。特記事項無しです。擬装用のfoliage slit(枝葉孔)も同じように片側に8つずつあります。


↓ブラウン系の面です。雲形のパターンがよく分かります。


↓スタンプの拡大です。

曰く、
COVER, HELMET CAMOUFLAGE
CONTRACT NO. 8027
FSN 8415-261-6833
100% COTTON
DPSC DIR OF MFG
とあります。資料によれば契約番号8027は1964年から1965年にかけての製造のようです。FSN(Federal Stock Number)は8415-261-6833で、このカバーの管理上の固有の「制式番号」です。上の1つ目のモノのスタンプにはこれが含まれていませんでしたが、「記すまでもないやろ?」ということです。「100% COTTON」、はい、100%コットン製です。但しまたあとで触れますが、コットンといってもその生地の種類は幾つか異なるモノが用いられています。最後の行の先頭の「DPSC」とはフィラデルフィアの「Defense Personnel Support Center」の略で、1965年7月にDSA(The Defense Supply Agency)の衣料繊維・医薬品・需品供給の3つのサプライ・センターを統合して設立されました。DIR.OF MFG.と続きますので、「DPSC製造部局長」てなところでしょうか。 向こうの官庁等の名前を日本語で正確に、日本の外務省が公的にどう訳しているかまで調べるのは困難なので、あくまでも我流での訳ですので参考程度にして下さい。

↓最後3つ目です。消耗度は中程度で、カモフラージュ・パターンもよく確認できます。上の2つ目のモノと同様裁断上の切れ込みがチン・ストラップ・ループの部分にまで深く達しているように見えますが、実は浅い切れ込みの先端部分の生地がチン・ストラップの所まで切り取られてあります。カバーの縁取りのロックミシン・ステッチが途中で消えて、「生地切りっぱなし」になっているのがお分かりいただけますでしょうか。


↓反対側です。擬装用のfoliage slit(枝葉孔)が片側に8つずつあるのはミッチェル・カモ・カバー共通の仕様です。


↓ブラウン系の面です。ヘルメットから貰った錆が若干付着しています。


↓スタンプです。

曰く、
COVER HELMET CAMOUFLAGE
CONTRACT NO. 8116
8415-261-6833
契約番号8116は1965年初めの製造と資料にあります。あとはFSNが記されているのみです。

↓使用されている生地が、今まで見て来た1つ目2つ目のモノが目の細かいダックであるのと違い、サテン地となっています。


↓2つ目のモノの拡大です。コットン・ダックですね。


↓3つ目のサテンのモノ。↑2つ目のダックは比較的堅く、生地を縦横斜めに伸ばそうとしても伸びにくいですが、サテンはその織り方の特性上斜めには伸びます。


↓上がダック、下がサテン。ダックはややゴワ付く感じですがサテンは柔らかい感触です。スペック上の違いはどの資料を見ても無いように思われます。



エッジの切れ込み具合や使用素材の違い、製造時期、また今回は採り上げませんでしたが2枚ハギの合わせ部分の縫製の違い等については現在もいろんなフォーラムで議論されており、体系的な確定的検証が完了している訳ではありませんが、通説、多数説、少数説については皆さんで各自お調べになってみて下さい。嵌り込むともう複雑で頭がこんがらがりそうです。

また、ミッチェル・パターンの「Mitchell」とは何か?という件についても今回いろいろ調べましたが、これも確定判断するのに十分な資料には行き当たりませんでした。海外の研究者によれば「Mitchell」はアカネ科の開花植物の属である学名Mitchella(和名表記:ツルアリドオシ(蔓蟻通し)属)から来ているとされておられる方があります。Wikipediaで「ツルアリドオシ属」の項を見て下さい。その画像を見る限りでは、ヘルメット・カバーに用いられているほどの大きい葉っぱではなく、小さい可愛い葉っぱなので、個人的には「ウ~ン」の域を出ません。

更にそもそも「Mitchell Pattern」と括られて巷間通用していますが、この呼称も研究者によっては「言い間違いである」と仰る方もあり、「グリーン系面は『wine leaf(ワインの品種の元となる葡萄の葉)』もしくは『vine leaf(蔓系植物の葉)』である。」とし、ブラウン系面を指して「『Mitchell』若しくは『clouds pattern』は…」などと仰っておられることもあって、もうどうにも訳が分からなくなって来ました。


現在そこそこの程度であれば$10も出せば比較的簡単に入手できます。ただ近時中国製等の良く出来たレプリカ品が出てきており、実物にこだわる方は注意が必要です。スタンプも精巧に再現され、もはやFakeの域にあるモノもあります。

以上何ともまとまらないまま、今回はこの辺で失礼致します。







参考書籍・サイト等:Mark A Reynosa著「Post-World War II M-1 Helmets: An Illustrated Study」 Schiffer Publishing刊、U.S. Militaria Forum「Mitchell Cover Contract List」、WW2-ETO forum「'Mitchell' camo pattern M1 helmet Cover Contract List, 1959-1977」等々。  

Posted by Sgt. Saunders at 14:17Comments(0)米軍(U.S.)etc.Headgears