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2020年09月21日

US M-1952A ベスト・アーマー(M-1952A Vest Armor)

みなさん、こんにちは。
お彼岸を迎えまして当地大阪の今朝の最低気温は20.4℃と、ひんやり感じる朝でした。昨日の朝も21.4℃で、お墓参りに行って参りました。
第99代内閣総理大臣に前安倍総理の路線を完全継承すると謳った菅義偉前官房長官が就任しました。日本の為に本当に頑張っていただきたいです。

さて定刻から1日と2時間足らず徒過して今回お届けいたしますのは、兵士個人の身体を砲弾・榴弾破片から守るための「ベスト型鎧」、M-1952Aベスト・アーマー(M-1952A Vest Armor)です。ベスト・アーマー(ボディ・アーマーとかFlak Vestとも呼ばれます)の開発は、WW2中には陸軍需品部(Ordnance Corps)と補給部Quartermaster Corps)によって始められており、WW2末期にはアルミ板とナイロン繊維でできた「M-12」というボディー・アーマーが既に制式化されていました。(私はまだそれがどんなモノなのかはよく知りません。)
その後も本格的な開発・改良が重ねられ、朝鮮戦争前から試作品が次々と実戦投入されて行きましたが、今回のM-1952Aの後も色んな素材を用い、多様な特徴を持つモノが開発され進化していきました。その辺りの詳しい経緯についてはここではとても網羅できませんので「検索」してみて下さい。

↓M-1952Aベスト・アーマーです。朝鮮戦争からヴェトナム戦争を通じて使用されました。袖無し・襟無し・両胸ポケット付きで、両脇はサイズの微調整が出来るようドロウ・ストリング(ゴム製コード)で締めて行う形の、体幹上部を守る鎧(Armor)です。のちには腰から下を守るパンツ型のアーマーも別途開発されました。私はまだ上半身のコレしかコレクションしていません。


↓背面です。前面もそうですが表地はナイロン生地で、全体的には「袖の無い、ちょっと重たいモコモコ炭団(たどん)」という感じです。


↓正面はジッパー留めで隠しスナップボタンのフライ・フロントです。両胸ポケットの上には手榴弾のセイフティ・レバーを挿しておけるコットン製のテープが水平に縫い付けられていています。


↓ジッパーの下もアーマーの左右端が重なる形になってしっかり守られています。ジッパーで留めて、その上を隠しスナップボタンのフライで覆う形です。


↓下から見るとこんな重なり具合です。


↓この個体のジッパーはCROWN社製のジンクです。しかしまぁ、CROWNの「C」とその台座の金色のインレイ?手が込んでますねぇ。ほかにもTALON社等のモノが用いられました。


↓左身頃の下端に小ストラップがあり、これは…


↓ジッパーを留めようと…


↓こう噛み込ませるときに役立ちます。


↓裏には誇らしく「USA」。


↓スナップボタンのオス部品の裏側です。「SCOVILL MFG.CO.」とありました。Scovill社製です。


↓フライ・フロントはこのように隠しスナップボタンになっています。


↓両胸のポケットには、入れるモノの嵩に応じて2段階に調節できるようにスナップボタンのオス部品が2つ付いています。


↓右胸のポケットを拡大。ポケットはマチが大きくとられていて、下隅にはハトメでドレーン・ホール(水抜き穴)が設えられています。


↓蓋のスナップボタンのメス部品は、さっき見たフライ・フロントと同様に隠しボタンになっています。


↓ポケットのスナップボタンのオス部品の裏側です。こちらも「SCOVILL MFG.CO.」とありました。Scovill社製です。


↓冒頭でも触れました手榴弾のセイフティ・レバーを挿しておけるコットン製のテープ。左端・ど真ん中・右端に幅約10mm位の挿しループが設えられています。ちょっと狭いような気がします。


↓左のポケットにだけペンポケットが設えられています。ボールペンを途中まで挿していますが、深さは約13cm、幅は約4.5cmあります。


↓両肩にエポレットが付いています。


↓ボタンは茶色の径約18mm。M-43フィールド・ジャケットのエポレットに用いられているモノと同じです。


↓両脇はドロウ・ストリング(ゴム製コード)で個々人のサイズにフィットするように編み上げ具合で調整できる作りになっています。前面と背面との間に隙間が出来ないように重ね合わせます。


↓パカっと開きました。内側は至ってシンプルです。


↓両脇のサイズ調整用のドロウ・ストリングを取り去るとこのように展開できます。(左身頃(画像では手前側)が大きく見えるのはカメラのレンズの所為です。)


↓表側です。


↓ラベルです。


↓まずこちら。1行目:制式名称「ARMOR, VEST, M-1952A」。時代が下ると、同じM-1952Aでも、例えば「ARMOR, BODY, FRAGMENTAION, PROTECTIVE, UPPER TORSO, M-1952A」などと謳っているモノもあります。パターンやスペックが異なる「別物」かも知れません。実はまだよく調べていませんで済みません。2行目:「SMALL」は「小」、3行目:「STEIN BROS. MFG. CO.」は製造者名、4行目:「15 MAY 1953, DA 30-352-TAP-1708」は「契約日1953年5月15日」とDAナンバー。5行目:「ASTAPA」は調達責任機関である陸・海・空3軍の衣服・靴その他関連物資の調達を管理するために1952年6月に国防省下に置かれたArmed Services Textile and Apparel Procurement Agencyの略です。6行目:「74-A-31-240」はWW2時代から用いられているストックナンバーです。


↓もう一つのラベル。使用法・注意書きです。曰く、「このベストは貴君の命を救うであろう!適切に着用すれば、戦闘犠牲者を発生させることとなる砲弾や榴弾の破片から、命に関わる部位を保護する。以下の指示に従う事:シャツの上、フィールド・ジャケットの下に着る事。ベストが身体にフィットするように、しかしながら適切な通気が与えられるようにドロウ・ストリングを調節する事。あまりタイトにフィットさせてはならない。ドロウ・ストリングの下とジッパーの下の開口部を覆うように防護フラップを使う事。スナップ・フラップ(closure)を留めてジッパーを保護する事。」


↓左右前・後ろ身頃の内側下端にはハトメ穴による通気・水抜き孔が設えられています。


↓また、この個体には海兵隊の検査スタンプが押印されています。


↓「海兵隊検査官315番による受理」とEGA紋章。


↓厚さは最大で20mm位、最小で15mm位。結構柔らかくて、どっしりしていますがゴワゴワ感は少ないです。


↓こんな風に曲げられます。


↓ソコソコの剛性はありますので筒状にすれば自立させられます。


構造についてですが、表地裏地ともナイロンで、12層のバリスティック・ナイロン生地を防水ビニルケースによりシーリングされたモノが前左右身頃と背面上部に、10層でシーリングされたモノが背面下部に詰められていて、さらに脊椎に沿っては幅15cmで2層追加されています(んだそうです)。縫い目を開けて実際に見たわけではないので確認はできてませんが、色んなサイトで調べたらそのようです。
実際の効用としては相当の死傷軽減に有効だったようです。M-1952Aのあと海兵隊のM-1955やM-1969へと改良が重ねられていることからも分かります。

「一つぐらいはボディー・アーマーを持ちたいな」と思い、いつの年代のモノをコレクションしようかと思案した時に、朝鮮戦争からヴェトナム戦まで長く使われたこのM-1952Aなら、どの時代のリエナクトでも考証的に通用するぞとの結論に基づいてこれを入手しました。夏の暑い日にこれを着てヴェトナム戦サバゲをするのは体力が要るでしょうねぇ。やってみようとは思いますけど、すぐに脱ぎたくなると思います。
さっきチョコッとebayなどを覗いてみますと3万円台後半で落札されてたりしてます。海兵隊のM-1955はもっと希少性があるのか4万越えもあるようです。
私がこれを入手したのは6、7年前くらいでしたかebayで$180程だったように思います。ただ重いので(約4㎏足らず)送料が結構掛かった記憶があります。


それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。



  

Posted by Sgt. Saunders at 13:42Comments(0)米軍(U.S.)Body Armor

2020年09月06日

M16系 20連マガジン保護EVAバッグ(M16 20rd. magazine protecive EVA bag)

みなさん、こんにちは。お久しぶりです。
安倍内閣総理大臣・自由民主党総裁が持病の悪化に因り職務遂行能力に支障があるとしてその職を辞任なさいました。
一人の人間として、国のトップとしての重責を担っての7年以上に及ぶそのご苦労ぶりには素直にお疲れさまでしたと申し上げます。その間の「功罪」についてはここでは敢えて触れません。と申しましょうか、当ブログの本旨からは外れますし、もし書き連ねるとしても、その量は膨大で一昼夜では書ききれません。

さて「隔週日曜日の正午に新規投稿する」という自主目標から外れて約1カ月ぶりに台風10号の接近に戦きながらお送りします今回のネタは米軍がヴェトナム戦争期から使用し始めたM16系ライフル用20連マガジンの保護バッグです。
弾薬装填済みの20連マガジンをこのバッグに封入して、弾薬をマガジンごと水濡れや汚れから守るというコンセプトに基づいて開発されたモノなのですが、今回色々調べてみましたが戦地で実際に使っている例はあったのかな?という印象を持ってます。

↓2種類持ってきました。右側はプレーンな一般モノ、左側は一般モノの空白スペースに何やら文字がウジャウジャ書かれてあるモノ。モノ自体は透明のEVA(Ethylene-vinyl acetate:エチレン酢酸ビニル)製の「封筒」で、封筒で言えばベロにあたる部分(画像では下端)には折り曲げ固定用の薄く細長い鉛製のテープが付されています。左端にあるのは20連マガジンです。どちらのバッグにも左下部に「4-70」、「1-70」と製造年月の表示があります。それぞれ1970年の1月、4月製造という意味です。


↓まず右側のプレーンなモノ。上が封筒の底で下が封筒の口になりまして、上の方にはマガジンを挿入する向きを指示するための弾薬のシルエットが印刷してあります。弾薬の向きが右になるようにマガジンを入れよ、という事です。


↓左側の文字ウジャウジャモノ。いわゆるチューホイ・プログラム(ヴェトコン等に対して政府軍側への転向を促す大プロパガンダ作戦と言うべきモノ)の一環でこのような文をバッグに印刷して、使用後のバッグに書かれてあるこの文をヴェトコンが見て政府軍側に転向・投降することを企図したということです。ですので、この文章のあるバッグは「チューホイ・バッグ」と呼ばれることがあるようです。空いてるスペースの有効活用です。「CHIÊU HỒI GIÚP BẠN GẶP LẠI CHA MẸ, VỢ CON TRONG CẢNH THANH BÌNH CÚA NƯỚC VIỆ̣T TỰ DO, DÂN CHỦ.」とありますが、私ベトナム語は全然不勉強で、何と書いてあるかは翻訳アプリに頼りましたが、大意としては「投降して平和で民主的なヴェトナムにいる両親や家族子供に再び逢おう。」と言ったところみたいです。


↓バッグの口から向きに注意してマガジンを入れて…


↓バッグの底までしっかりマガジンを押し込んで収納します。マガジンを銃に装着する際には、バッグに入れられたままのマガジンの下部分を持ち、ここに書いてあるように(「(矢印の)角をしっかり掴んでブチッと、この線に沿って空け給え。(GRASP CORNER FIRMLY AND SNAP TO OPEN ALONG THIS LINE)」)線から上を破り開けて、そのまま銃へ装着します。バッグの下半分は手を離すと重力で自然に下へ落ちます。


↓線の部分にはビニルが破れやすくするために筋状に薄く加工されてます。


↓封筒入り口の折り曲げ固定用の薄く細長い鉛製のテープですが、これを使ってどのように封をするのかが分かりません。画像のように鉛ですから形は変えやすく、そのままの形を保持できますが…。


↓こんな風にベロを折って巻いて、テープを折り曲げて留めてたんでしょうか?ベロを折って巻くだけではまた開きますから…。


↓裏面はプレーンモノも文字ウジャモノも、何の記載もありません。



はい、今回は小ネタでした。
今回ご覧いただいたのは1970年製造のモノでした。現在でもデッド・ストックが膨大にあるのか、国内でも比較的簡単に入手できます。さっき某ネットショップサイトを幾つか覗いたら1枚100円から110円で売られてました。海外ならもっと安く買えます。
ヴェトナム戦争コスプレには必須ではありませんが、脇役コレクションとしては、「あったら嬉しいな」程度のものです。


それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。





  

Posted by Sgt. Saunders at 13:37Comments(2)米軍(U.S.)Fire arms-Related