2019年11月17日
7.62×51mm NATO弾とM13リンク(7.62 NATO & M13 Belt Cartridge Link)
みなさん、こんにちは。
当地大阪でも朝晩の通勤帰宅時にはコートが必要になって来ました。しかしながら日中の気温は20度近くまで上がることもあります。
近所の児童公園の桜もほぼ紅葉となり、ハラハラと落ちていってます。
さて、今回の投稿ネタは「実銃は持てないのでせめてアクセサリーは…」コレクションから「M13リンク」で繋いだ「7.62×51mm NATO弾(以下「7.62 NATO」とします)」であるところの「米軍制式名称:M80 7.62mm Ball Cartridge(ボール・カートリッジ)(以下「M80ボール」とします)」のダミー・カートリッジ」をお送りします。最近まとまった量を入手する機会に恵まれましたので記事に致します。
1950年代後半にM14ライフルやM60機関銃が制式採用されますが、それらに用いられ、1970年代後半からはM60機関銃に替わるM240機関銃にも引き続き使用されているのがM80ボールです。民生品の名としては一般的に「.308ウィンチェスター」と呼ばれています。
ミリタリア・コレクターとしては、やはり「.308ウィンチェスター」ではなく、M80ボールをコレクションしたいところですが、当局による近年のダミー・カート排斥キャンペーン?により海外からの実弾撃ち殻薬莢の個人輸入が難しくなる中、M16系ライフルやM249LMG(SAW)等用の5.56×45mm NATO弾とM27リンク(←クリックで過去記事が開きます)に比べてより一層入手が難しい状況です。
そんな中、ちょっとまとまった量を入手する機会を得まして、今回記事として投稿いたします。
↓このような画はいつ見てもワクワクします。なんて事を書くと公安にマークされるんでしょうか。全部磨くのは大変でしたので3発だけ磨いて一番上に乗っけました。

↓はい、磨いてないカートとリンクです。リンクで繋いでいるという事はM60機関銃にフィードさせるという事です。後ろに写っている弾薬箱の表記に従えば、本当はM62トレーサー弾1発とM80ボール4発の組み合わせになっていなければならないのですが、すみません。全部M80ボールです。M62トレーサーに見せるには弾頭をオレンジ色に着色する必要があります。

↓5.56×45mm NATO弾とM27リンク(←クリックで過去記事に飛びます)で見たM27リンクと同様裏側は薬莢部分の露出が多い作りです。まあ5.56×45mm NATOもM27リンクもこの7.62 NATOとM13リンクをスケールダウンしただけのものですからね。当然と言えばそれまでです。

↓カートは色んな製造年のモノが混じりあってます。

↓端っこから3発外して磨きました。でも真鍮も銅も磨いたあと数日経つとすぐに曇ってきます。

↓タンブラーなんて持ってませんのでピカールで一つずつ磨きました。真鍮の金色の輝きとあかがねのコントラストはいつ見ても美しいですね。例によって手指の指紋・掌紋には画像加工を施しています。

↓ヘッド・スタンプを見ます。12時の位置にNATO規格弾であることを表す「〇に十」の丸十マーク。7・8時の「LC」は「Lake City Army Ammunition Plant」製、4・5時の「63」は1963年製であることを示します。1963年と言えばビートルズが1月にリリースした2枚目のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」が3月2日付けのメロディー・メーカー誌のシングル・トップ50で1位を獲り、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが4月に遊説先のメンフィスで白人に暗殺され、5月にはヴェトナムのユエで行われた反政府デモで警察がデモ隊に発砲して死者が出、6月には仏教徒に対する抑圧を世界に知らしめるため、僧侶のティク・クァン・ドクがサイゴンのアメリカ大使館前で予告焼身自殺をしました。11月にはケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されます。日本ではアニメ鉄腕アトムが放映開始、エースコックのワンタンメンが発売され、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」がヒットし、映画「史上最大の作戦」が公開されたそうです。

↓別の例です。12時の位置にNATO規格弾であることを表す「〇に十」の丸十マーク。7・8時の「RA」はRemington Arms Company製の意、4・5時の「70」は1970年製であることを示します。1970年と言えば隣国カンボジアで内戦が始まりました。ヴェトナムを巡ってはアメリカのニクソン大統領が北ベトナム政府との「パリ和平会談」を開始させました。 日本では大阪万博が開幕し、日本航空よど号ハイジャック事件が発生、銀座にマクドナルド日本第1号店がオープンし、皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」がヒットしたそうです。4月にはポール・マッカートニーがイギリスの大衆紙『デイリー・ミラー』でビートルズからの脱退を発表しました。

↓カートを保持するのはM27リンクと同様、画像右手前にあるスプーン上の突起がカート後端のエクストラクション・グルーヴに掛かるようになっています。

↓後方に引き抜くか、前方へ押し出すか、どちらでも抽筒できるのもM27リンクと同じです。

↓リンクの接続は…

↓輪っかに合わせて…

↓カートを蝶番の軸のように差し込んで…

↓スプーンの形状になっているところがカート後端のエクストラクション・グルーヴに掛かるまで…

↓差し込んで…

↓完了です。

↓M13リンクを見ます。名称の刻印と「GCK」の刻印。GCKがどんなメーカーなのか、ちょっと調べましたが分かりませんでした。

↓ココにもNATO規格準拠を示す丸十マークがあります。

↓もう一つ別のリンク。「M13」の名称表示と「WM」の製造者表示。WELLS MARINE INC.という会社はWW2以前よりメタル・リンクを製造・供給しています。「4」はロット番号です。

↓こちらにもNATO規格準拠を示す丸十マークがあります。

以上見て参りました。
7.62 NATOはヴェトナム戦コレクションに欠かせません。既に申しましたがM14ライフルやM60機関銃の脇役に必要です。M14ライフルについては彼の東京マルイ製電動ガンとホビーフィックス製の無発火モデルガンを持っていますが、モデルガンのマガジンに7.62 NATOのダミーをフル装填したくてその入手は必然でした。M13リンクで繋いだ7.62 NATOはM60機関銃の脇役になりますが、私はまだ電動ガン・モデルガン・不可動実銃等いずれの形でもM60機関銃は持ってません。いつの日か手に入れたいと思っています。
また、M19A1弾薬箱の中身を埋めるためにも7.62 NATOのダミー・カートは必要で、どちらかと言うとそのために7.62 NATOを蒐めてきました。そこそこの量を手に入れる事ができたので満足しています。
最近は5.56 NATO弾はオークションやショップのHPでも売りに出されていることが多いですが、7.62 NATO弾はそれに比して出品・販売されているのを見る機会が圧倒的に少ないように感じます。出ているのを見ると、即購入を考えてしまいます。欲を言えば、出来れば60年代~70年代前半の製造分が良いですねぇ。
それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。
当地大阪でも朝晩の通勤帰宅時にはコートが必要になって来ました。しかしながら日中の気温は20度近くまで上がることもあります。
近所の児童公園の桜もほぼ紅葉となり、ハラハラと落ちていってます。
さて、今回の投稿ネタは「実銃は持てないのでせめてアクセサリーは…」コレクションから「M13リンク」で繋いだ「7.62×51mm NATO弾(以下「7.62 NATO」とします)」であるところの「米軍制式名称:M80 7.62mm Ball Cartridge(ボール・カートリッジ)(以下「M80ボール」とします)」のダミー・カートリッジ」をお送りします。最近まとまった量を入手する機会に恵まれましたので記事に致します。
1950年代後半にM14ライフルやM60機関銃が制式採用されますが、それらに用いられ、1970年代後半からはM60機関銃に替わるM240機関銃にも引き続き使用されているのがM80ボールです。民生品の名としては一般的に「.308ウィンチェスター」と呼ばれています。
ミリタリア・コレクターとしては、やはり「.308ウィンチェスター」ではなく、M80ボールをコレクションしたいところですが、当局による近年のダミー・カート排斥キャンペーン?により海外からの実弾撃ち殻薬莢の個人輸入が難しくなる中、M16系ライフルやM249LMG(SAW)等用の5.56×45mm NATO弾とM27リンク(←クリックで過去記事が開きます)に比べてより一層入手が難しい状況です。
そんな中、ちょっとまとまった量を入手する機会を得まして、今回記事として投稿いたします。
↓このような画はいつ見てもワクワクします。なんて事を書くと公安にマークされるんでしょうか。全部磨くのは大変でしたので3発だけ磨いて一番上に乗っけました。

↓はい、磨いてないカートとリンクです。リンクで繋いでいるという事はM60機関銃にフィードさせるという事です。後ろに写っている弾薬箱の表記に従えば、本当はM62トレーサー弾1発とM80ボール4発の組み合わせになっていなければならないのですが、すみません。全部M80ボールです。M62トレーサーに見せるには弾頭をオレンジ色に着色する必要があります。

↓5.56×45mm NATO弾とM27リンク(←クリックで過去記事に飛びます)で見たM27リンクと同様裏側は薬莢部分の露出が多い作りです。まあ5.56×45mm NATOもM27リンクもこの7.62 NATOとM13リンクをスケールダウンしただけのものですからね。当然と言えばそれまでです。

↓カートは色んな製造年のモノが混じりあってます。

↓端っこから3発外して磨きました。でも真鍮も銅も磨いたあと数日経つとすぐに曇ってきます。

↓タンブラーなんて持ってませんのでピカールで一つずつ磨きました。真鍮の金色の輝きとあかがねのコントラストはいつ見ても美しいですね。例によって手指の指紋・掌紋には画像加工を施しています。

↓ヘッド・スタンプを見ます。12時の位置にNATO規格弾であることを表す「〇に十」の丸十マーク。7・8時の「LC」は「Lake City Army Ammunition Plant」製、4・5時の「63」は1963年製であることを示します。1963年と言えばビートルズが1月にリリースした2枚目のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」が3月2日付けのメロディー・メーカー誌のシングル・トップ50で1位を獲り、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが4月に遊説先のメンフィスで白人に暗殺され、5月にはヴェトナムのユエで行われた反政府デモで警察がデモ隊に発砲して死者が出、6月には仏教徒に対する抑圧を世界に知らしめるため、僧侶のティク・クァン・ドクがサイゴンのアメリカ大使館前で予告焼身自殺をしました。11月にはケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されます。日本ではアニメ鉄腕アトムが放映開始、エースコックのワンタンメンが発売され、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」がヒットし、映画「史上最大の作戦」が公開されたそうです。

↓別の例です。12時の位置にNATO規格弾であることを表す「〇に十」の丸十マーク。7・8時の「RA」はRemington Arms Company製の意、4・5時の「70」は1970年製であることを示します。1970年と言えば隣国カンボジアで内戦が始まりました。ヴェトナムを巡ってはアメリカのニクソン大統領が北ベトナム政府との「パリ和平会談」を開始させました。 日本では大阪万博が開幕し、日本航空よど号ハイジャック事件が発生、銀座にマクドナルド日本第1号店がオープンし、皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」がヒットしたそうです。4月にはポール・マッカートニーがイギリスの大衆紙『デイリー・ミラー』でビートルズからの脱退を発表しました。

↓カートを保持するのはM27リンクと同様、画像右手前にあるスプーン上の突起がカート後端のエクストラクション・グルーヴに掛かるようになっています。

↓後方に引き抜くか、前方へ押し出すか、どちらでも抽筒できるのもM27リンクと同じです。

↓リンクの接続は…

↓輪っかに合わせて…

↓カートを蝶番の軸のように差し込んで…

↓スプーンの形状になっているところがカート後端のエクストラクション・グルーヴに掛かるまで…

↓差し込んで…

↓完了です。

↓M13リンクを見ます。名称の刻印と「GCK」の刻印。GCKがどんなメーカーなのか、ちょっと調べましたが分かりませんでした。

↓ココにもNATO規格準拠を示す丸十マークがあります。

↓もう一つ別のリンク。「M13」の名称表示と「WM」の製造者表示。WELLS MARINE INC.という会社はWW2以前よりメタル・リンクを製造・供給しています。「4」はロット番号です。

↓こちらにもNATO規格準拠を示す丸十マークがあります。

以上見て参りました。
7.62 NATOはヴェトナム戦コレクションに欠かせません。既に申しましたがM14ライフルやM60機関銃の脇役に必要です。M14ライフルについては彼の東京マルイ製電動ガンとホビーフィックス製の無発火モデルガンを持っていますが、モデルガンのマガジンに7.62 NATOのダミーをフル装填したくてその入手は必然でした。M13リンクで繋いだ7.62 NATOはM60機関銃の脇役になりますが、私はまだ電動ガン・モデルガン・不可動実銃等いずれの形でもM60機関銃は持ってません。いつの日か手に入れたいと思っています。
また、M19A1弾薬箱の中身を埋めるためにも7.62 NATOのダミー・カートは必要で、どちらかと言うとそのために7.62 NATOを蒐めてきました。そこそこの量を手に入れる事ができたので満足しています。
最近は5.56 NATO弾はオークションやショップのHPでも売りに出されていることが多いですが、7.62 NATO弾はそれに比して出品・販売されているのを見る機会が圧倒的に少ないように感じます。出ているのを見ると、即購入を考えてしまいます。欲を言えば、出来れば60年代~70年代前半の製造分が良いですねぇ。
それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。
2019年11月02日
M3 レザー・ショルダー・ホルスター(M3 Leather Soulder Holster)
みなさん、こんにちは。
当地大阪は、ようやく朝晩はヒンヤリしてきました。今朝6時には気温が10℃まで下がり、起きる際に思わず「寒っ」と呟いていました。
台風15号、19号、21号が相次いで日本、特に関東・東北地方で多くの方々の生命を奪い、安全を脅かし、生活基盤を壊しました。復旧の道のりはとても遠いようで、私に出来ることはと言えばお見舞い申し上げますことのほかは、僅かながらの募金をすることしかありません。少しでも役に立てばいいなと思います。
さて今回の投稿のネタを探しにと、また大昔のコンバット・マガジンの巻末イラスト・ポスターを引っ張り出して見ておりましたら「お、これまだやってないなぁ」というのがありました。M3 レザー・ショルダー・ホルスターです。先週の日曜日までに粗方の編集が出来ておりましたので、本ブログ新規投稿定刻である隔週日曜日正午を待たず、一日早く本日土曜日に投稿いたします。
↓まずこれがその「コンバット・マガジン巻末イラスト・ポスター」です。以前の記事でもこの「コンバット・マガジン巻末イラスト・ポスター」シリーズを見てネタにしたものがあります。

機甲師団兵が左の脇に装着しています。歩兵装備の一般的なホルスター「M1916ピストル・ホルスター(M1916 Pistol Holster)」は狭い空間の中では使いにくいのでと身体に密着した形態のこのM3を好んで使いました。元々は航空隊からの「パラシュート装着時に邪魔にならず、着席時に座席につっかえない様なモノを!」との要望によって開発され1942年に制式化されたM3ですが、パラトルーパーに留まらず、機甲師団兵や将校によって重宝されました。1944年にはより安定した装着が可能なように、右脇腹を通って背中で留まるストラップが1本加えられた「M7」が制式化されます。私、これはまだコレクション出来ておりません。
↓ポスターの作者川越のりと先生は「M3 レザー・ショルダー・ホルスター」と呼んでおられます。制式名称についてはまだ公的な文書で確認できていませんので、私も先生に倣い「M3 レザー・ショルダー・ホルスター」といたしました。国内外でもこれで十分通用します。

↓Bruce N. Canfield著「U.S. INFANTRY WEAPONS OF WORLD WAR II」に掲げられている「1945年ライン川降下前の第17空挺師団部隊」。キャプションにもあります通り、後列真ん中のヘルメットを着用している二人がM3ショルダー・ホルスターを装備しています。

↓はい、やっと現物です。M1911A1は例によって東京マルイのガスガンを選びました。革製で右利き用に左脇でピストルを保持する作りです。右肩に重量が掛かります。ピストルを挿し、グリップの上からストラップを廻してLift-The-Dotで留めて銃が不意に抜けないようになってます。フラップはありません。幅広のストラップが右肩から背中を廻りホルスター左端中ほどのDリンクに繋がります。下端にあるストラップは、ウェストベルトなどを通すことによりホルスターをバタつかせないように固定するためのものです。M1916ピストル・ホルスターと同様に「楕円にUS」のエンボスが施されています。

↓銃を抜きました。革を切り出して銃を包むようにして端を縫い合わせてストラップを付けました、というようなシンプルな作りです。肩へ廻すストラップの長さはバックルを使って調節します。

↓接写してみました。USエンボスの直ぐ下の切り欠きで出来た段差を利用して銃のトリガーガードを受けます。

↓下端のベルト・ループはスナップ・ファスナー留めです。

↓背面です。銃のグリップを留めるストラップの根本は背面から革の切れ目を通って表へ出ます。肩へ廻るストラップは幅1.25インチ(約3.175cm)から途中で0.75インチ(約1.9cm)になって長さ調節用のバックルに通る細さになります。調節用の孔は全部で10個。末端の孔を除いて孔同士の間隔は2インチ(5.1cm)。

↓背面のこのカドの部分にUSプロパティ表示や製造者・製造年の刻印がなされることが多いです。この個体には「U.S.」と「ENGER-KRESS」の刻印があるのみで、製造年の刻印はありません。私の数少ない経験ではENGER-KRESSの刻印のあるモノで製造年刻印もあるモノを目にしたことはあまりありませんで、過去に「1943」の刻印が打たれたモノを数回見たことがありますが、まあ多数のENGERNKRESS製のモノには製造年刻印は無い、言い換えれば製造年の刻印もあるENGER-KRESS社製のモノは割りとレアなモノだと思います…。他社、例えばBOYT社製等ならば製造年があるモノが一般的ですが、何故ENGER-KRESS社製のモノには製造年を刻印しないモノが多かったのか、まだ謎です。因みにENGER-KRESSは正式にはEnger-Kress Pocketbook Co.といい、1882年ミルウォーキーで創業したハンドバッグや財布のメーカーで、大戦中にはホルスター80万個、170万個のヘルメット・ライナー・ヘッド・バンド、130万本のチン・ストラップ等の生産をおこないました。2006年に閉鎖しています。

↓サイズ調整はこのバックルを使います。

↓裏はこんなです。

↓分かりやすいように一度バラしましょう。

↓バックルはこのような作りです。真ん中に突起があります。(余談ですが、近時の個人情報保護の絡みで画像の人差し指の指紋を画像処理ソフトでボヤかしてみましたが、なんか皮膚病にでも罹っているようになってますね。)

↓肩からのストラップをまずバックルに通したあと本体のDリングに表側から裏へと通して…

↓バックルに下側から通して…

↓ストラップ先端の孔をバックルの突起に嵌め込んで…

↓あとは任意の長さになるような孔を選んで突起に嵌めて…

↓出来上がりです。

↓自身で装着した図。もうちょっと背中側、やや上にした方が良いでしょうか。Tシャツの上からなのでそう思いますが、ウールシャツやM41フィールド・ジャケットを着ることになれば丁度いい感じになるのではないでしょうか。

以上見て参りました。いかがでしたでしょうか。
今回お見せしたモノはもうずいぶん前(20年位?)にUS$150程で海外のミリタリーショップから個人輸入したモノだと思います。レートは$1=130円位だったような。Military Market Placeといういいお店があったんです。その後eBayが急激に発展し、ショップに当たるよりもeBayを覗いた方が欲しいモノが見つかりやすくなり、ショップのHPを見る機会が減って行きまして、その間にショップも経営がおぼつかなくなって行ったのか、昔取引していたショップが今もなお健在している例は多くありません。
このM3ホルスター、あまり需要が無いのか、価格はそれほど高騰してないようです。eBayでもUS$170ほども出せば十分程度のいいモノが購入できます。その割にはレプリカ(リプロダクション)が再現度の高低はありますが色んなメーカーから$30~$50位で出ています。
国内でも彼の中田商店で7,000円程で出してらっしゃいました。
USMCの刻印があるモノは、やはり若干お高めですが入手機会はまだ比較的ある方だと思います。
♪ジャカジャン!!ジャカジャン!!ジャカジャンジャカジャカジャ~~~ン♪
「激戦相次ぐ第二次大戦下のヨーロッパ。 敵地の奥深く、破壊活動のために送り込まれた命知らずのならず者、”Garrison's Gorillas"(デケデケデケデケデケデケデケデケデケデケデケ)。
『俺は隊長のギャリソン中尉だ。 4人の部下は正規の軍人じゃあない。』
『俺はペテン師のアクターだ。 口八丁、変装にかけちゃ役者より上だぜ。』
『人呼んでクールな殺し屋、ナイフ投げのアパッチ。』
『イタチって呼んでくれ。 スリと忍びは任せとけってんだ。』
『俺に鍵は無用だぜ。 金庫破りのカジノよ!』
『こいつらを特赦を餌にしてナチに体当たりしようというわけだ。 さあついて来い、ゴリラ野郎!』」
というオープニングのアメリカTV映画シリーズ「Garrison's Gorillas(「特攻ギャリソンゴリラ)」、もう大昔30年近く前、私が学生だった頃何回目かの再放送を観てました。日本で最初に放映されたのはもっと前の1968年頃だそうで、まだ私は生まれていません。で、特にギャリソン中尉がよくこのM3ホルスターを身につけていて恰好良く活躍していました。それから遅れること数年後に手に入れる事になりました。
今にして思えば、機甲師団兵やパラトルーパー再現の為というよりも、ギャリソン中尉のようにスーツの下にM1911A1を隠し持ってアクション・ヒーローを気取って楽しむために入手したようなものでした。
それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。
当地大阪は、ようやく朝晩はヒンヤリしてきました。今朝6時には気温が10℃まで下がり、起きる際に思わず「寒っ」と呟いていました。
台風15号、19号、21号が相次いで日本、特に関東・東北地方で多くの方々の生命を奪い、安全を脅かし、生活基盤を壊しました。復旧の道のりはとても遠いようで、私に出来ることはと言えばお見舞い申し上げますことのほかは、僅かながらの募金をすることしかありません。少しでも役に立てばいいなと思います。
さて今回の投稿のネタを探しにと、また大昔のコンバット・マガジンの巻末イラスト・ポスターを引っ張り出して見ておりましたら「お、これまだやってないなぁ」というのがありました。M3 レザー・ショルダー・ホルスターです。先週の日曜日までに粗方の編集が出来ておりましたので、本ブログ新規投稿定刻である隔週日曜日正午を待たず、一日早く本日土曜日に投稿いたします。
↓まずこれがその「コンバット・マガジン巻末イラスト・ポスター」です。以前の記事でもこの「コンバット・マガジン巻末イラスト・ポスター」シリーズを見てネタにしたものがあります。

機甲師団兵が左の脇に装着しています。歩兵装備の一般的なホルスター「M1916ピストル・ホルスター(M1916 Pistol Holster)」は狭い空間の中では使いにくいのでと身体に密着した形態のこのM3を好んで使いました。元々は航空隊からの「パラシュート装着時に邪魔にならず、着席時に座席につっかえない様なモノを!」との要望によって開発され1942年に制式化されたM3ですが、パラトルーパーに留まらず、機甲師団兵や将校によって重宝されました。1944年にはより安定した装着が可能なように、右脇腹を通って背中で留まるストラップが1本加えられた「M7」が制式化されます。私、これはまだコレクション出来ておりません。
↓ポスターの作者川越のりと先生は「M3 レザー・ショルダー・ホルスター」と呼んでおられます。制式名称についてはまだ公的な文書で確認できていませんので、私も先生に倣い「M3 レザー・ショルダー・ホルスター」といたしました。国内外でもこれで十分通用します。

↓Bruce N. Canfield著「U.S. INFANTRY WEAPONS OF WORLD WAR II」に掲げられている「1945年ライン川降下前の第17空挺師団部隊」。キャプションにもあります通り、後列真ん中のヘルメットを着用している二人がM3ショルダー・ホルスターを装備しています。

↓はい、やっと現物です。M1911A1は例によって東京マルイのガスガンを選びました。革製で右利き用に左脇でピストルを保持する作りです。右肩に重量が掛かります。ピストルを挿し、グリップの上からストラップを廻してLift-The-Dotで留めて銃が不意に抜けないようになってます。フラップはありません。幅広のストラップが右肩から背中を廻りホルスター左端中ほどのDリンクに繋がります。下端にあるストラップは、ウェストベルトなどを通すことによりホルスターをバタつかせないように固定するためのものです。M1916ピストル・ホルスターと同様に「楕円にUS」のエンボスが施されています。

↓銃を抜きました。革を切り出して銃を包むようにして端を縫い合わせてストラップを付けました、というようなシンプルな作りです。肩へ廻すストラップの長さはバックルを使って調節します。

↓接写してみました。USエンボスの直ぐ下の切り欠きで出来た段差を利用して銃のトリガーガードを受けます。

↓下端のベルト・ループはスナップ・ファスナー留めです。

↓背面です。銃のグリップを留めるストラップの根本は背面から革の切れ目を通って表へ出ます。肩へ廻るストラップは幅1.25インチ(約3.175cm)から途中で0.75インチ(約1.9cm)になって長さ調節用のバックルに通る細さになります。調節用の孔は全部で10個。末端の孔を除いて孔同士の間隔は2インチ(5.1cm)。

↓背面のこのカドの部分にUSプロパティ表示や製造者・製造年の刻印がなされることが多いです。この個体には「U.S.」と「ENGER-KRESS」の刻印があるのみで、製造年の刻印はありません。私の数少ない経験ではENGER-KRESSの刻印のあるモノで製造年刻印もあるモノを目にしたことはあまりありませんで、過去に「1943」の刻印が打たれたモノを数回見たことがありますが、まあ多数のENGERNKRESS製のモノには製造年刻印は無い、言い換えれば製造年の刻印もあるENGER-KRESS社製のモノは割りとレアなモノだと思います…。他社、例えばBOYT社製等ならば製造年があるモノが一般的ですが、何故ENGER-KRESS社製のモノには製造年を刻印しないモノが多かったのか、まだ謎です。因みにENGER-KRESSは正式にはEnger-Kress Pocketbook Co.といい、1882年ミルウォーキーで創業したハンドバッグや財布のメーカーで、大戦中にはホルスター80万個、170万個のヘルメット・ライナー・ヘッド・バンド、130万本のチン・ストラップ等の生産をおこないました。2006年に閉鎖しています。

↓サイズ調整はこのバックルを使います。

↓裏はこんなです。

↓分かりやすいように一度バラしましょう。

↓バックルはこのような作りです。真ん中に突起があります。(余談ですが、近時の個人情報保護の絡みで画像の人差し指の指紋を画像処理ソフトでボヤかしてみましたが、なんか皮膚病にでも罹っているようになってますね。)

↓肩からのストラップをまずバックルに通したあと本体のDリングに表側から裏へと通して…

↓バックルに下側から通して…

↓ストラップ先端の孔をバックルの突起に嵌め込んで…

↓あとは任意の長さになるような孔を選んで突起に嵌めて…

↓出来上がりです。

↓自身で装着した図。もうちょっと背中側、やや上にした方が良いでしょうか。Tシャツの上からなのでそう思いますが、ウールシャツやM41フィールド・ジャケットを着ることになれば丁度いい感じになるのではないでしょうか。

以上見て参りました。いかがでしたでしょうか。
今回お見せしたモノはもうずいぶん前(20年位?)にUS$150程で海外のミリタリーショップから個人輸入したモノだと思います。レートは$1=130円位だったような。Military Market Placeといういいお店があったんです。その後eBayが急激に発展し、ショップに当たるよりもeBayを覗いた方が欲しいモノが見つかりやすくなり、ショップのHPを見る機会が減って行きまして、その間にショップも経営がおぼつかなくなって行ったのか、昔取引していたショップが今もなお健在している例は多くありません。
このM3ホルスター、あまり需要が無いのか、価格はそれほど高騰してないようです。eBayでもUS$170ほども出せば十分程度のいいモノが購入できます。その割にはレプリカ(リプロダクション)が再現度の高低はありますが色んなメーカーから$30~$50位で出ています。
国内でも彼の中田商店で7,000円程で出してらっしゃいました。
USMCの刻印があるモノは、やはり若干お高めですが入手機会はまだ比較的ある方だと思います。
♪ジャカジャン!!ジャカジャン!!ジャカジャンジャカジャカジャ~~~ン♪
「激戦相次ぐ第二次大戦下のヨーロッパ。 敵地の奥深く、破壊活動のために送り込まれた命知らずのならず者、”Garrison's Gorillas"(デケデケデケデケデケデケデケデケデケデケデケ)。
『俺は隊長のギャリソン中尉だ。 4人の部下は正規の軍人じゃあない。』
『俺はペテン師のアクターだ。 口八丁、変装にかけちゃ役者より上だぜ。』
『人呼んでクールな殺し屋、ナイフ投げのアパッチ。』
『イタチって呼んでくれ。 スリと忍びは任せとけってんだ。』
『俺に鍵は無用だぜ。 金庫破りのカジノよ!』
『こいつらを特赦を餌にしてナチに体当たりしようというわけだ。 さあついて来い、ゴリラ野郎!』」
というオープニングのアメリカTV映画シリーズ「Garrison's Gorillas(「特攻ギャリソンゴリラ)」、もう大昔30年近く前、私が学生だった頃何回目かの再放送を観てました。日本で最初に放映されたのはもっと前の1968年頃だそうで、まだ私は生まれていません。で、特にギャリソン中尉がよくこのM3ホルスターを身につけていて恰好良く活躍していました。それから遅れること数年後に手に入れる事になりました。
今にして思えば、機甲師団兵やパラトルーパー再現の為というよりも、ギャリソン中尉のようにスーツの下にM1911A1を隠し持ってアクション・ヒーローを気取って楽しむために入手したようなものでした。
それでは今回はこの辺で失礼いたします。またお会いしましょう。さようなら。
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